第12話 高級ホテル(3)

 食堂まで導かれ、されるがままに着席した。貸し切りにしているらしく、だだっ広い空間に客は二人だけだ。脇に従業員たちが控えているのも落ち着かない。

 コースメニューの前菜が置かれた。当然ながら、こんな食事の作法など分からない。

 それを察してか、リフィトリアが言った。

「さあ、細かいことは気にせず食べましょう。長旅でお腹が空きましたね」

 高級な食器類に戦々恐々としながら、ルミナも食事を始める。

「ねえ、アルドロカムでは街の酒場で話し合いがしたいなんて言ってたのに、これはどういう……」

「実は私も迷いました。馴染みのない大衆食堂や旅人向けの宿に泊まることに憧れはあります。ですが、昨日のルミナは困っているようでしたので」

「どういうこと?」

「旅の計画を練るのに私の安全配慮にかなり気を取られているのが伝わってきて、これはちょっと良くないなと」

 リフィトリアはそう言って苦笑いした。

「私の旅でどこに重きを置くべきか、よく考えました。そうして決めた一番の優先は遺跡探索です。そして、それ以外の危険や懸案事項は、可能な限り排除することにしたのです。お金や家柄で解決できる範囲に限るということになりますけど」

 確かに、この宿なら暴漢共に寝込みを狙われるようなリスクはほぼ無視できるだろう。旅行者狙いのぼったくりなどについては……もう心配するのも馬鹿らしい。

「ルミナは、金満ドムス男爵の冒険というお話を知っていますか?」

「あー……聞いたことはある。昔の仲間がその本を読んだことがあったから。確か、お金持ちの男爵が金に物を言わせて豪遊みたいな冒険をする話だよね」

「はい。主人公のドムス男爵はとてもお金持ちで、そして冒険に憧れています。ドムス男爵は旅先で多数の危険や問題に直面しますが、そのほとんどをお金で解決するのです。野盗に捕らわれたら身代金を支払って逃がしてもらい、無実の罪で投獄された村娘を解放するために賄賂を使い、立入禁止の遺跡へ入るために門番を買収します。お金ばかりが活躍するためか、展開に華がなくて世間の評価はイマイチのようですね。ですが、私はドムス男爵のセリフの一つがとても印象に残っています」

「それは?」

「偉大な魔術師が生まれつき精霊に愛されたように、伝説の剣士が生まれつき肉体に恵まれたように、私は生まれつきお金を持っていただけのこと。お金も地位も、私の才能にほかならない」

「そういう考え方もあるんだね」

「私はこのスタンスを真似していこうかなと。お金で何でも解決というのは、一般的に汚らしい方法に見えると思います。ですが、必要な場面で才能を活かすのは当然です」

「その通りだと思う」

「はい。ですから、お金で出来ることは任せてください。お金で出来ないことは頼りにしてます!」


 食事の後は、泉のような大浴場で身体を洗い、別世界のようなスーパースイートの客室へ案内された。これが一晩眠るためだけの部屋だと思うと目眩がしそうなほどだ。

 部屋の大きな窓からはバロウズの夜景が一望できた。高い位置から見下ろす街の姿は見慣れた景色とあまりにも違いすぎて、自分のいる場所がバロウズだとは信じられないほどだった。

 慣れない環境に眠れないのではないかと心配したが、高級寝具の威力はあまりにも凄まじく、ルミナはここ一年で最も深く健やかに眠ることが出来た。

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