第8話 遺跡探索(1)
現在、存在が明らかになっている中で最も探索が容易だとされている遺跡は、領都アルドロカムの近くにある。
アルドロカムから南の街道へと出て道なりに進んでゆくと、やがて右手側に分かれ道が現れる。主要街道ほどしっかりした整備はされていないものの、除草はきちんとされており、馬車が余裕で通れるほどの幅もある。道の分岐点には案内板が立てられ、右向きの矢印とともにこう書かれている。
『アルドロカム砦』
案内板の前に立ち、リフィトリアはその文字を読み上げた。
「いよいよですね……!」
鼻息を荒くし、大公令嬢らしからぬ態度で興奮を示していた。リュックサックの肩ベルトを握る手に力が入っている。
ルミナもトレジャーハンターとして初めて活動したのはこの場所だ。だから気持ちはよくわかった。
「大した危険はないけど、同時に何のお宝も残ってない場所でもある」
「でも油断大敵ですね」
「うん。魔物がいることもあるから気をつけて」
二人揃って分かれ道へ踏み出す。
歩みを進めると、道の向こうに見えていた石造りの建物が次第に大きくはっきりとしてきた。ルミナ二人分ほどの高さを持つ頑丈な壁と、それに囲まれた四階建ての塔。これがアルドロカム砦だ。
壁には入口が設けられている。大昔には頑丈な木の扉がついていたらしいが、今は無い。
ルミナは入口の前で立ち止まり、リフィトリアに尋ねた。
「ここがどういう場所かは知ってる?」
「はい。カマチャマ王朝の頃、ここは渓谷の旧街道を守る重要な拠点だった場所です。侵攻時には帝国軍が接収して拠点として再利用しました。戦時は内地への進軍に際して重要な足がかりとして機能しましたが、帝国統制下に新たな街道が整備されてからは魔物の多い旧街道を通る人々が減ったために――」
「あー……そういう歴史の話じゃなくて、今の扱いっていうか、役割っていうか」
いきいきとしたリフィトリアの解説を遮って、ルミナは言った。
どうやらリフィトリアはかなり知識が豊富らしい。あのまま放っておいたらどこまで語ってくれるか少し気になったが今は仕事優先だ。
「あ、すみません。砦としての役割が無くなった今は、トレジャーハンターの有志たちが作るネレド遺跡管理組合によって維持管理されています。帝国兵士の訓練の他、一般のトレジャーハンターへ向けても練習の場所として開放されていますね」
「そうそう。だから中にいる魔物も、あえて棲み着かせてる弱いやつが多い。他の魔物に負けて山の方から逃げてきたやつとかね。もちろん、なんにもいないときもある。まずは練習のためにここから始めるのが基本になってるかな」
普段無人の砦には、夜のうちに西の山から降りてきた魔物が入り込むことがある。そういう魔物は基本的に山での競争に敗れたやつらだ。あまり強くはない。それをあえて駆除せずに棲ませているという形だ。
「じゃあ行こう」
「は、はい!」
壁を通って、塔の一階へ入る。ひんやりとした空気が二人を包んだ。
左手には二階と地下へつながる階段。右手の先に曲がり角がある。
「よくある練習コースは各階を探索しながら屋上まで出て、それから地下へ行くルートだけど、どうする?」
「では、それで」
「わかった。それじゃ、まずはこの階を全部見て回ろう。わたしは後ろからついて、危ない時にサポートするから」
「はい!」
リフィトリアは買ったばかりの魔術ランタンを腰にぶら下げて両手に拳銃を構えると、緊張した面持ちで右へ歩き始めた。
はっきり言って塔は狭い。魔物にしたって、いつもいるとは限らない。見て回るのに長い時間はかからないだろう。
ゆっくりと進んでいたリフィトリアが曲がり角へさしかかる。
「角を曲がるときは特に気をつけてね。魔物とばったり会うこともあるし、罠が仕込まれてることもあるから」
「はい」
若干大回り気味に、警戒して角を曲がる。
大部屋へ出た。砦が健在だった頃は、兵士たちの詰め所だったと言われている。今は何も置かれていない、がらんどうの空間。採光窓から差し込む光に、埃がきらめいているばかりだ。
「何もありません」
リフィトリアが銃を下ろした。
「まあ、いつも魔物がいるものでもないから。上の方とか、地下にはいるかもね。油断しないで」
来た道を戻り、二階へ。上への警戒を怠らないようにしながら進む。しかし、二階、三階と続いて何もなかった。こうなると気が抜けがちだが、リフィトリアにそのような様子はなかった。
四階、ここには砦の主が居室として使っていたらしい部屋がある。
階段を上りきり、部屋の中へ踏み込んだ。
「あっ」
先に入ったリフィトリアが声を上げた。
駆け寄って見れば、部屋の真ん中に魔物の姿があった。
天井からぶら下がる黒い袋のような姿。大コウモリの魔物だ。夜のうちに飛んできて眠っていたらしい。背後の窓から見える明るい空の色に対して強いコントラストが効いていて、なかなかの存在感だ。
魔物もこちらの接近に気づいたようだ。威嚇のためか、こちらへ向けて巨大な羽を広げてみせた。その数なんと四枚。狭い部屋の中で、それは両側の壁に届きそうなほどだった。
爛々とした黄色の双眸がこちらを見つめる。
「わ、わっ……!」
リフィトリアが狼狽えながらも魔物へ銃口を向ける。しかし、その手は震えており、狙いは定まっていないようだった。
「落ち着いて、こいつそんなに強くな――」
銃声。
次の瞬間、目の前で凄まじい爆発が起きた。轟音とともに炎が満ちて、ルミナはあまりの熱さに顔を覆った。
「な、何っ?」
立ちこめる粉塵に口を覆いながら前を見ると、なんと向かいの壁が無くなっていた。爆発によって破壊されたのだろう、焼け跡を残して砕けた石壁の向こうに青空が広がっている。
そして足元にはリフィトリアが尻もちをついたまま呆然と虚空を見つめていた。幸いにも怪我は無いようだった。さすがは金貨二十七枚の高級装備である。服の表面に煤や土埃を被るだけで済んだらしい。
「ちょっと、大丈夫?」
「は、はい……」
ゆっくりと立ち上がらせる。
「何やったの?」
「銃を撃ちました。さっき買った弾を……。こんなことになるとは思いませんでした」
「見せて」
リフィトリアが荷物から取り出した箱を見せてもらう。簡単な説明しか書かれていないが、強力な火の精霊術を仕込んだ爆裂弾らしい。
「これが一発で銀貨二枚分の威力か。確かにヤバいわ。下手したら死んでたね」
「すみません。とにかく高い武器を使えば強いものだと……。浅はかでした」
「状況や相手に応じてって意味がわかったね」
ルミナは破壊された壁の方へ近づいて、辺りを見回した。魔物の姿はない。大穴から逃げ出したか、それとも木っ端微塵になったか。もうどうでもよいことだった。
振り返ると、意気消沈したリフィトリアがうつむき気味に立っていた。挑戦前のハツラツとした雰囲気が嘘のようだ。
「今日は帰ろうか」
「はい。遺跡管理組合に報告と謝罪に行かなくてはなりませんね……」
地下の探索は中止して街へ帰ることにした。
帰り道、リフィトリアは黙ったままだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます