第6話 金持ちの買い物(1)
翌朝、市場が動き始める頃にルミナはリフィトリアを迎えに行った。リフィトリアは門番の横に立ち、ソワソワとした様子で待っていた。
「まずは準備でしたね!」
「うん。いくつか買い物をしていくから」
昨日までのルミナは卵一皿も我慢しなければならなかったが、今は費用として渡された金貨がたんまりある。
「昨日は聞きそびれてしまったのですが、ルミナはどのようにして戦うのですか?」
市場への道を歩きながら、リフィトリアが言う。
「魔術。専門は精霊術ね」
「すごい! 魔術師だったんですね。どこで習ったのですか?」
「アルドロカム高等魔術学院。まあ、中退したんだけど……。大公から聞いてないの?」
「はい。こうして少しずつ話しながらお互いのことを知るのも仲間の良さだと思いますから」
「そう」
リフィトリアは楽しそうだが、ルミナは面倒に思った。そんなにじっくりと仲良くなるほど長い仕事になるのだろうか。
やがて二人は街の大通りにたどり着いた。
大通りは広大な領都アルドロカムを四分割するように東西南北へ貫いている。通りの西端はネレド城へ続き、東端は港へと続く。南北の通りは、それぞれ街道へと出る道だ。その二つの通りが交わる街の中心地には大広場がある。
「いつも買い物するのは南通りか東通り辺り。あとは、大広場の露店も使うことがあるね」
「他の通りにもたくさんお店がありませんか?」
「探索に使うような道具の店は南か東にかたまってるかな。北通りも全く行かないわけではないけど、あっちは学院があるから学生向けの店が多い。それから西通りは……全体的に高い」
そう言って、ルミナは周囲を見渡す。
城から降りてきた二人が今まさに立っている場所が西通りだ。
行き交う人々の身なりは総じて上等。立ち並ぶ店の外観も、平民が気軽に入るのは憚られる高級なものだ。リフィトリアなら問題なかろうが、ルミナはお呼びでないだろう。
「そもそも遺跡探索に使うような道具はお金持ちに需要ないから、そういう店は少ないってのもあるかな。少しはあるんだけど、使ったことないから詳しくないんだ」
「なるほど」
「じゃあ、南通りから行こう」
大広場を通り抜け、南通りへ入る。通りの雰囲気は西通りと大違いだ。
「何を買うのですか?」
「携行食とか、魔術道具をいくつか。今日は遠出しないから、そんなに多くは必要ない」
「魔術師でも魔術道具を使うんですね」
「そりゃね。全部人力でやってたらしんどくて保たないよ。灯りは魔術ランプを使うし、寒い場所なら携行用の魔術炉を持ってくこともある。不得意な魔術に頼るときも必須だね。けど嵩張って動きにくくなるのは避けたいから、行き先に合わせて荷物は減らすように」
通りで一番大きな魔術道具店へ入り、まずはランプ類が置かれた棚を物色する。数多陳列されたランプが煌々と輝いて、棚の間は光に満ち溢れていた。
「ふと思ったのですが、こういった必需品はすでにお持ちのものがあるのではないですか? ルミナはトレジャーハンターなのですから」
「前使ってたのは、ほとんど処分しちゃったからね」
商品の一つを手に取りながら言う。
もうトレジャーハンターは辞めたつもりでいたからだ。どの道具を見ても後悔と寂しさが湧き出てくる。
ルミナは以前使っていたものとは違う品を買った。金はあるので、光の色を変えたり繊細な光量調節ができる手提げの魔術ランタンだ。前はこんな贅沢な物は使っていなかった。
「私も買ったほうがいいでしょうか」
「そうだね」
「では同じ物を買います」
その後は手頃なリュックサックと、いくつかの道具類を買い込んで店を出た。
「そういえば、リーフの武器は銃だよね。弾薬を買わないと」
「はい。ただ、魔物相手にどんな物を選べばいいか分からなくて」
「銃砲店へ行けば魔術弾が売ってるはず。けど、わたしも銃は全然知らないからな……」
「では、お店で聞くしかありませんね」
通りを歩き一度も入ったことのない銃砲店を探して入る。店の善し悪しはルミナにも分からない。
カウンター向こうの壁には様々な長銃短銃がズラリと並べられており、異様な迫力があった。店主はそれらをバックに一丁のライフルを磨いている。下手な動きをすれば、そのまま撃ってきそうな怖さがあった。
「ごめんください」
リフィトリアが物怖じせずに声をかけると、店主が目だけをリフィトリアの方へ向けた。
「魔術弾を探しています。この銃に合うものが欲しいのですが」
そう説明しながらリフィトリアが綺麗な愛銃をカウンターに置いて見せると、店主はそれをチラリと見てから言う。
「こりゃ随分とお上品な銃だな。魔術弾なんて何に使うんだ」
「トレジャーハントです。ですから、魔物に通用する武器が欲しくて」
「あんたが? とてもトレジャーハンターには見えんが……」
そう言いながらも店主はカウンターの裏から弾丸が入った箱をいくつも選び出し、リフィトリアの前に並べていった。
「その銃に合うやつだと、売れ筋はこの辺りだ」
「これら以外にも合う物があるのですね。では、これに合う弾で一番強いのはどれですか?」
「魔物との相性や使うときの状況ってモンがあるから一概には言えんが……。うちで特に威力が高いのはこの辺りだな」
店主は新たにいくつかの箱を出してきて並べた。リフィトリアはそれらを指さして驚くべき注文を放った。
「では、これら全部くださいな」
「あんた今の話聞いてたか?」
「はい。状況に応じて必要な物が異なるなら、全てあればいいと思いましたので」
その通りなのだが、あまりにも考え方が極端だ。口出ししようとしていたルミナも何と言おうか言葉に詰まってしまった。
「こいつは一発で銀貨一枚。こっちのは二枚するんだが」
「大丈夫です。他のも含めて、全て箱ごとくださいな」
リフィトリアがとんでもないことを言いだしたので、ついにルミナも口を挟んだ。
「ちょっとリーフ! 値段聞いてた?」
「はい。こちらが銀貨一枚、こちらが二枚ですよね」
「一箱じゃないよ、一発の値段だよ」
「はい」
答える間にもリフィトリアは銭袋からピカピカの金貨を取り出してカウンターの上に積んでいった。
「……まあ、金さえ払うなら文句はねえよ」
「ありがとうございます」
提示された合計金額は目玉が飛び出るほどの物だったが、リフィトリアは全て買い上げてしまった。
たんまりと弾丸をリュックに詰め込み、二人は店を出た。
「あのさ、リーフ」
「なんですか? ルミナ」
「いくら払った?」
「金貨八枚と、銀貨十枚ですね」
ルミナは頭を抱えた。それはトレジャーハントで中々の当たりを出したときに得られるような額だ。遺跡に潜っても必ず収穫を得られるとは限らない。こんな調子で浪費していてはトレジャーハンターなんて続かない。もっとも、リフィトリアは大公の娘だ。金には困っていないのだろう。
色々と指摘したことが湧き出てくるが、ルミナは心の中で自分に言い聞かせる。余計な考えは捨てた方がいい。やりたいようにやらせて満足させれば仕事は終わりだ。好きにさせよう。
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