第5話 大公令嬢

 どうしても街の酒場でなければと譲らないリフィトリアに根負けし、ルミナは仕方なく枯れ木亭に舞い戻った。ルミナにとって一番の行きつけで、店主も信用できる。仕事を流してくれたセラには事情の説明も楽だろう。勝手の分からない店は恐ろしくてとても選べない。何せ、こちらは大公家のご令嬢を連れているのだから。


 ルミナとリフィトリアの姿を見たセラは委細承知と言った顔で、昼と同じ隅の席へと二人を案内してくれた。

「ごゆっくりどうぞ」

 二人の前にお茶のカップを置いて、セラは他の客の方へと去ってゆく。その際、ルミナの方を見て小さくウインクをしていった。よくやった、ということだろうか。これでセラがいくらの紹介料を貰えるのか知らないが、大いに感謝してほしいものだ。

「ここがルミナさんの行きつけのお店なんですね。大通りから外れた所にあるのは想像通りです! 雰囲気がありますね。すぐに隅っこの席に案内してもらえたのは、店員さんもその点を了解しているということでしょうか。手に入れた宝の山分け、未知の遺跡の噂……ここは秘密の話し合いをするのにピッタリですよね。ああ、今にも冒険が始まりそうです……!」

 ルミナは深くため息をつきながら、何から話すべきか考えた。

 どうも、このご令嬢は熱狂的に冒険譚を読みすぎているようだ。ただ、今述べられた事柄に関してはそれほど的外れでもないから否定できないのも辛い。

 ここに集まって取り分の話し合いに白熱した日々が目の前に蘇りそうになったので、ルミナはイメージを振り払うようにして話し始めた。

「リフィトリア様。今回のご依頼について、わたしは大公から娘のパートナーを務めて欲しいということしか聞かされていません。具体的にどのような体験をお望みなのでしょうか。まずはそこから伺いたいです」

「ご想像の通り、私にはトレジャーハンターとしての経験は全くありません。本当に一から教えて欲しいと思っています」

「一から、どこまでを?」

「そうですね……」

 リフィトリアは顎に人差し指を添えて、考え始めた。きれいな指だった。

「私は可能な限り多くの遺跡を探索したいです! ルミナさんが行ったことのある場所はもちろん、許されるなら初めての場所も!」

 ルミナは頭を抱えたくなった。本人から詳細な条件を聞く前に引き受けたのはあまりにも迂闊だった。セラから聞かされた最初の印象で、金持ち道楽のトレジャーハンター体験をちょっとやって終わるものだと思っていたからだ。

 とはいえ、悲観するのはまだ早いとルミナは考えなおした。現実の遺跡探索はカッコいい冒険譚とは違う。危険や恐怖に不慣れなご令嬢のことだ、本物の遺跡に潜ればすぐに音を上げることだろう。

「あ、それから」

 ルミナの思索を遮るように、リフィトリアが付け加えた。

「私とルミナさんは今日から冒険の仲間です。そのリフィトリア様という呼び方と敬語はやめてもらえると嬉しいのですが」

「なんとお呼びすれば?」

「家族や親しい友人からは、リーフと呼ばれています。リフィと呼ぶ友人もいましたね。ルミナさんのお好きなように呼んでいただければ」

「では、わたしもリーフとお呼びします」

「敬語も無しにしましょう」

「リーフ……」

「はい! では私もルミナと呼びます!」

「リーフは敬語……なの?」

「私はこのパーティーの新人。ルミナの後輩なので、これでいいのです」

 リフィトリアなりの理想像と言うべきか、ありたい姿があるのだろう。もう好きにさせたほうがいいと考え、それ以上追求するのは止めた。

「……そう。じゃあ、具体的な話に入ろう。まず、いきなり遺跡へ行くのは危なすぎる。どんな簡単な遺跡にも魔物は棲み着いてるし、探索され尽くしたと思っていても、未発見の罠が残っていることもある。稀だけどね。だから最低限対処できるようにしてから潜りたい。念の為聞いておくけど、リーフは少しでも魔物の対処法とか習ったことはある?」

「実際に魔物と相対したことはありませんが、戦闘術の心得はあります」

「へえ、意外」

「帝都の学院で習った銃術です」

 リフィトリアがそう言って両手を腰に下ろし、再び上げた時、そこには二丁の回転式拳銃が握られていた。上着で見えなかったが、腰に仕込んでいたようだ。

 銃はピカピカに磨かれた鈍色が眩く、銃把は何かの角か牙から削り出したような乳白色のレリーフで飾られている洒落た品だった。魔物との戦いよりも、リビングに飾るためにあるような品ではないだろうか。

「こう見えても、実戦形式の訓練では学年で一番の成績だったんですよ」

 リフィトリアはそう言って立ち上がると、指でクルクルと器用に拳銃を回した後、ウインクと共に格好良くポーズを決めた。銃を見た他の客がギョッとした表情になるのを見て、ルミナはリフィトリアを制止した。

「もうわかった、わかったから。早くしまって。店の中で振り回すもんじゃないからそれ」

「あら、これは失礼」

 会話を進める度に疲労を感じずにはいられない。

「とりあえず、最低限戦えそうでよかった。危ないときはサポートするから、なんとかなると思う」

「ありがとうございます!」

「じゃあ、今日はここまでにして、続きは明日からにしよう。いい?」

「はい。明日は何を?」

「探索の準備から始めて、その後は実際に簡単な遺跡へ行ってみよう」

「わかりました!」

 その後、店を出たルミナはリフィトリアを城まで送り届けてから帰路についた。

 家に帰ったら明日の具体的な準備を考えなくてはならない。


 帰り道、ルミナは今日を振り返る。本当に慌ただしい一日だった。金欠から始まった突然の大仕事。人生何があるかわからないなと思う。

 大公令嬢リフィトリアという人間は、世間が思い浮かべるお嬢様像とはかけ離れているようだった。騒々しく、自分の興味関心に正直で、向こう見ずなところがある。それは単に世間知らずからきている部分もあるのだろうが、それだけではないように感じる。


 ふと思い当たった。最初にリフィトリアを見た時に、メイベルと似ていると思った理由はこれかもしれない。彼女にもそんな傾向があった。身にまとう雰囲気が近いのだ。

 自前の銃を取り出して楽しそうに振りかざしていた姿が思い出された。そこにメイベルの姿が重なる。新調した剣を興奮気味に抜いて店内で素振りをし始め、セラに怒鳴られていた。平謝りするメイベルを見て仲間たちで大笑いしたものだ。

「メイベル……」

 ルミナは首から下げたお守りの袋を握った。

 みんなはもういない。

 頭の中から過去の幻想を追い出し、家路を急いだ。

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