第4話 面接(2)

「納得いただけたかな。では、今度は君のことを見ていこう」

 ネレド大公は紹介状を取り出すと、目を通しながら話を続けた。

「ふむ。君はアルドロカム高等魔術院に入っているね。だが中退している」

「トレジャーハントに専念したかったので」

「なるほど。しかし、なかなかの決断だな」

「熱意のある仲間に誘われたので」

「それは良いことだ」

 ルミナは仲間の顔を思い出しそうになり、ぐっとこらえた。今は冷静に話を聞く場面である。

「専攻は精霊術か。火と風が得意と」

「はい」

「他には?」

 ネレド大公がルミナの目をじっと見ながら言った。

「いえ、そこに書かれているとおりです」

「ふむ……」

 答えを聞いても、ネレド大公はしばらくルミナの目を見ていた。何か引っかかるようなことがあっただろうか。

 やがてネレド大公は再び紙面に目を落として続きを読み始めた。

「トレジャーハンターとしての実績は素晴らしいな。多くの遺跡に足を運んでいるようだ。そして……これは驚いたな。ガラキャムへも行ったのか」

 ネレド大公が書面から顔を上げ、ルミナの目を見た。

「はい。ただ……」

「仲間を亡くした、と」

 もう思い出さないのは無理だった。

 ネレド大公領を擁するアルキャロ諸島全体の中でも最難関と目される遺跡、呪われた廃滅都市ガラキャム。ルミナはそこへ四人で挑み、三人の仲間を失った。生き残りはルミナただ一人。それを最後にトレジャーハントはしていない。

「しかし、よく生きて帰った。あそこは行ったきり帰らない者も多い」

「逃がしてくれた仲間のお陰です」

 ネレド大公はルミナの目を見たまま少し黙った。返答を吟味しているのだろうか。今回の採用条件に仲間思いであることが含まれていたことを思い出した。

「そうか。良い仲間に恵まれたね」

 返答に満足したのか、ネレド大公はそう言って書面に再び目を戻しつつ話を続けた。

「実績は申し分ない。素性も明らかで、人望もある。トレジャーハンターにははぐれ者が多い印象があるが、君は求めていた人物だ」

 ふと、ルミナは目の前の男を不思議な人物だと思った。紹介状に書かれたことをなぞりながら質問しただけで、ルミナの答えを信用するのだろうか。

 もちろん嘘を答えたわけでは無いが、ルミナは食事処の紹介屋が連れてきた得体のしれない人物だ。大事な娘を預けるのにこれでいいのだろうか。

 そう思っていると、ネレド大公は言った。

「では、これが最後の質問だ」

 ネレド大公は紹介状を閉じて机に置き、ルミナの方を見た。

「君、何か隠しているね?」

 ヒヤリとした。

「なんのことですか」

「繰り返しになるが、君の専門魔術は何だったかな?」

「精霊術ですが……」

「他には?」

「いいえ、専門は精霊術だけです」

 同じ質問に、同じ答えを繰り返した。ネレド大公は何も言わない。ただじっとルミナの目を見ている。

 ネレド大公は視線をゆっくりと下ろしてゆき、ルミナの胸元、そこにかけてある小さなお守り袋を見た。それから再び視線を戻してルミナの目を見る。

 視線はピクリともブレず、頭の中までまっすぐに射抜かれるような気分だった。喉が渇き、体がこわばった。

 長い沈黙の後、ネレド大公は視線を外した。

「わかった。良いだろう。この仕事は君に任せるとしようか」

 一気に緊張がほどけ、ルミナは思わずため息をついた。

「入りなさい」

 ネレド大公が扉の方へと声をかけた。

「失礼いたします」

 声の後、扉が開いた。

 思わず息を呑んだ。背中に流れる金髪、翡翠をはめ込んだような瞳。そして、ルミナよりも頭ひとつ分ほど高い背丈。

 かつての仲間、今は亡きメイベルにそっくりだった。

 もちろん、きちんと見れば全く違う人物だとすぐに分かる。トレジャーハンターとして鍛え抜かれていたメイベルとは体つきが全然違うし、髪や肌の艶を見ればこちらの娘の方がよく手入れされているのは明らかだ。服装も上等だし、貴族として洗練されているのであろう所作だって、平民のメイベルとは違う。

 似ているのは髪型と瞳の色、背丈くらいだ。どうしてあんなにもそっくりに見えたのだろうか。

「はじめまして。リフィトリア・ネレドと申します」

 リフィトリアが丁寧にお辞儀をした。呆然としていたルミナも慌てて頭を下げる。

「ルミナです……」

「リーフ、こちらの方にお願いすることにした。それでいいか?」

「はい。お父様が選んだのであれば間違いはないでしょう」

 リフィトリアはルミナたちの方へ歩いてきて、ネレド大公の隣に座った。ルミナの顔を見てにこりと微笑む。

「私は仕事があるので、これで失礼する。報酬の前金は使用人に渡しておくから、帰る時に受け取ってくれ。リーフ、後はお前に任せる。ルミナさんと上手くやりなさい」

「はい、お父様」

 リフィトリアの返事に一つ頷き、ネレド大公は来たときと同じようにキビキビとした足取りで部屋を出ていった。

 扉が閉じた後、早速リフィトリアが口を開いた。

「さあ、ルミナさん。まずはどこへ行きましょうか! 私、気になっている遺跡がたくさんあるんです。キャタラカ遺跡に、リチャラ湖塔、それにダスラの地下水路も!」

「えっ?」

「ルミナさんはこれまでどのような所を探索されたのでしょうか、いろいろ教えてくださいな!」

 リフィトリアは机に身を乗り出し、目を輝かせている。想像していた令嬢の振る舞いとのギャップに圧倒されそうになりながら、ルミナは答えた。

「ま、待ってください! いきなり遺跡へ行くのですか? まだ探索について何も詳しい話を聞いていませんし、どこへ行くにしても準備や計画が必要ですよ」

「あ、それもそうですね。大変失礼しました」

 リフィトリアは椅子に座り直し、息を整える。そして突拍子もないことを言い始めた。

「では、街の酒場へ行きましょう!」

「は、はぁ……?」

「冒険の話し合いとなれば街の酒場ですよね。私、こう見えても冒険譚は好んで読むのです。さあ、行きましょう! ルミナさんの行きつけで大丈夫ですから! トレジャーハンターのルミナさんなら、行きつけのお店はたくさん知っていますよね!」

 言うが早いか、リフィトリアは立ち上がってルミナの手を取ると、半ば強引に歩き始めた。止むなくルミナはそれに従って部屋を出た。

 困難な仕事には、高額な報酬が支払われるものだ。金貨五百枚の重みとはいかほどのものか、ルミナにはまだ想像もつかなかった。

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