第3話 面接(1)

 押し売りの昼食で腹を満たした後、ルミナは渡された紹介状を手に店を後にした。大通りへ出ると、眩い日光と人々の喧噪が一気に溢れて目が眩むようだった。

 ここは帝国の海外領、ネレド大公領の最大都市アルドロカム。領内で最も多くの人が住まう大都市である。

 ルミナは紹介状を広げてざっと目を通す。

「腕の良いトレジャーハンターか……」

 ネレド大公領は帝国領となる前、アルキャロという国だった。帝国の侵攻によって国の歴史は終わりを告げ、今はアルキャロ諸島として土地に名前を残すのみとなった。しかし、先住民たちが築いた砦や古代都市は多く、未だその全ては探索されていない。

 多くの遺跡には先住民たちが仕掛けた魔術の罠が張り巡らされ、多くの魔物が棲みつき、さらには帝国が侵攻した時に放った魔術兵器までが放置されていることもあり、極めて危険な状態になっているからだ。

 探索の済んでいない遺跡には、先住民たちが侵略者から隠した多くの財産が残されている。危険を承知でそれらを掘り出し、一攫千金を夢見る者たち。それがトレジャーハンターだ。


 ルミナは紹介状を懐にしまい、歩き始めた。目指すはネレド大公の居城、ネレド城だ。

 馬車に乗る金はないので、仕方無しに徒歩で行くことにする。


 都市の西端に城はあった。背後に切り立った崖を見上げ、東に街を見下ろす高い位置に建っている。城壁が東側を囲い、西側は崖に守られた堅牢な城だ。

 ここは帝国の侵攻時に攻め落とした城を利用し、増築したものなのだそうだ。そもそも領都アルドロカム自体が先住民の古代都市を潰して建てられたものである。今でも工事などで街を掘り返すと、予期せず遺物類を発見することがあるらしい。


 ルミナは城門へと歩みを進め、門番の一人に紹介状を渡して大公へと取り次いで貰えるようお願いした。訝しげに紹介状とルミナの顔を交互に見た後、門番は城内へ入っていった。

 長らく待たされた後、門番は老齢の男性を伴って戻ってきた。使用人のようだ。

「ようこそいらっしゃいました。どうぞ、こちらへ」

 使用人はルミナを城内へ招き入れた。

 城壁内には壮麗な庭園が広がっていた。都市の喧騒から離れ、鳥のさえずりが聞こえる。色とりどりの花壇の合間を、流れを整えられた小川が流れてゆく。

 今まさに領主の居城に踏み入ったのだと思うと、ルミナの頭は緊張感で一杯になった。


 軽い散歩ほどの距離を進み、ようやく主塔へ辿り着いた。足音をすっかり消してしまう高価そうな絨毯の上を歩き、やがて一つの部屋に通された。

 応接間のようだが、信じがたい広さだ。セラの店といい勝負だ。机の天板は鏡面のように磨かれていて物を置くのも憚られる。

「こちらでお待ち下さい。すぐに主人が参ります」

 ルミナは案内された椅子に恐る恐る座った。

 極上の座り心地に違いないが、心は休まらなかった。服が汚れていなかったか急に気になってくる。椅子を汚してしまったらどうしよう。そんなことを考えていると、扉が開いて一人の男が入ってきた。

「すまない。待たせてしまった」

 男は大股でキビキビとした動きで歩いてくると、ルミナの向かいの席に着いて名乗った。

「ネレド大公領領主。オドランド・ネレドだ。今日はよく来てくれた」

「あっ、ええと……。わたしはルミナと申します。こ、この度は、ええっと――」

「ああ、余計なことは考えなくていいから、普段通りに話してくれ」

 続けて紹介状を取り出すと、それを開きながら言った。

「私は君が何者かを見極めたい。慣れない言葉遣いに気をとられていては、話の内容が濁ってしまうだろう」

「は、はい」

 ルミナの返事にネレド大公は頷き、話を始めた。

「すでに聞かされているかもしれないが、私は熟練のトレジャーハンターを探している。目的は娘のパートナーとして、共に行動して貰うことだ」

「はい。聞いています」

「最初は帝国軍に掛け合って練達の兵や魔術師を探そうかと考えていたのだが、どうも娘は市井のトレジャーハンターたちがしているように、街角で出会った仲間とパーティーを組むということに憧れがあるようでね、私の提案は断られてしまった」

 ネレド大公は一度小さくため息をついた。大公の威厳が少し薄れ、娘のワガママに困る一人の男という印象が浮かび上がった。

「娘の要望はなるべく聞いてやりたいが、さすがにそれは危険すぎる。何か良い方法は無いかと調べていたら、トレジャーハンターたちが多く出入りする店に評判の良い紹介屋がいると分かってね。そこで、紹介屋を通して見つけた人間を、こちらで見極めてから仲間にするということでようやく納得してもらった」

「そうだったんですね。あの店にどうしてこんな依頼がって思いました」

「だろう? 苦労しているんだ。君が良い人材であることを願うよ。……さて、質問の前に報酬の話をしよう。一番気になるところだろうからね」

 まさか「はい」と答えるわけにもゆかず、曖昧に愛想笑いをして濁した。

「仕事に関わる費用も含めて、前金として帝国金貨五十枚。完遂報酬として、さらに金貨四百五十枚。合計で五百枚だ」

「ご、五百って……」

 目が眩むような額を提示されて言葉に詰まってしまった。

 帝国金貨一枚は贅沢しなければ一日三食で一ヶ月間は食べていけるくらいの金額だ。一気に五百枚も稼いだ日には多くのトレジャーハンターは即日引退することだろう。

 一攫千金。全てのトレジャーハンターが憧れる夢の頂点。それを目の前に出された時、不思議なことにルミナの心は一気に冷めてしまった。

 道楽だ。多くのトレジャーハンター命を投げ出してまで求める金貨の山も、大富豪にしてみれば娘のトレジャーハンター体験のためにポンと支払えるものなのだ。

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