第2話 お金がない(2)
「新しくトレジャーハンターの紹介依頼が来てるんだけど、ルミナにそれを受けてほしいわけ」
「どんな仕事?」
「とあるご令嬢のトレジャーハンターごっこにお付き合い……かな」
「はあ? どこのご令嬢よ」
問いを重ねると、セラは周囲を見回した後、一段と声を落として言った。
「それがなんと、ネレド大公の長女、リフィトリア・ネレド様よ」
「大公?」
ルミナが驚いて聞き返すと、セラは深く頷いた。
「そう! びっくりでしょ。うちも紹介業し始めて結構経つけど、ここまで大口の依頼が来たのは初めてね」
この店はトレジャーハンターの出入りが多い。セラはここらを拠点に活動する多くのトレジャーハンターと自然と知り合いになり、そこから小遣い稼ぎに人材紹介の真似事のような仕事をするようになっていた。今では一丁前に紹介業を名乗るほどの収入になっているらしい。
「それ本物?」
「本物のはず。依頼に来たのはお遣いの人だったけど、ちゃんと大公家の記章付けてたから」
「うさんくさ……」
「行けば真偽は分かるんだから、大丈夫でしょ」
ルミナはソーセージにフォークを刺しながら話の続きを促した。
「大公はご令嬢のパートナーとして動いてくれる腕の良いトレジャーハンターを探してるってことだった。条件は女性であること、仲間を大切にすること、途中で投げ出さないこと」
「随分と大雑把ね」
「でも、どれも当たり前なことって感じじゃない? 女性限定ってのは、ご令嬢の身を案じてのことだろうし」
確かにその通りだ。仕事として請け負う以上、途中で投げ出さないなんて当たり前。それでもトレジャーハンターというのは根無し草の仕事だ。責任感など持たないはぐれ者も多い。敢えて条件に入れてあるのも特段不思議ではない。
「まあ、大雑把な要求にも的確な人材を紹介するのが私の腕の見せどころでしょうよ」
そう言って、セラは得意気にウインクしてみせた。
「報酬は? それにパートナーって具体的に何するの?」
「それは実際に会ってから話すって」
「そう……」
「とにかく、相手が大公とあっては下手な人材は紹介できないからね。きちんと責任感があって、女性の腕利きってなると、うちに出入りしてるのはルミナの他にも何人か心当たりはある。けど、やっぱルミナが適任だわ」
「どうして?」
「卵一皿も頼めないくらい金欠だから、途中で投げ出す恐れがない」
ニヤニヤしながら言うセラにムッとして黙ると、セラは笑いながら続けた。
「冗談よ、冗談。本当は、仲間を大切にするって条件に一番当てはまると思ったのがルミナだからよ」
セラは笑うのを止めて、少し口調を穏やかにした。
「絶望的な死地から、仲間を見捨てず連れて帰った」
「……連れて帰れてない」
ルミナは食事の手を止め、うつむいた。フォークを持つ手がかすかに震えていた。
「連れて帰れなかった。頼まれたのに」
いつの間にか声まで震えていた。
「それだけじゃない。わたしを逃がすために、二人を犠牲にした。見捨てた」
一年前の惨劇が脳裏に蘇る。吹き付ける暴風雨の中、闇の中に踏みとどまった二人の背中。背中を伝って落ちる鮮血。弱くなってゆく鼓動。
「そんな言い方はもう止めなさい。あなたを生きて帰したことも、メイベルを故郷の土に還せたのも、あの二人とあなたの立派な成果よ。それを認めてやらなくてどうするのよ。あなたが自分を責めたり下げたりするのは、二人の行いを認めないことと変わらないでしょう」
「そんなこと――」
ルミナは言葉に詰まった。
多分、セラの言う通りだろう。しかし、それで自分自身を納得させられるかは別の問題だった。
「うん……。多分、そうだと思う」
「ルミナ、そろそろ動き出しなよ。二人とも、あなたをダメ人間にするために踏みとどまったわけじゃない。どうかその力を活かして」
「分かった……」
長い沈黙の末にそれだけ答えた。
心で納得出来たわけではないが、頭で理解することはできる。
「よし!」
セラは声を明るくして言うと、立ち上がった。
「後で紹介状渡すよ。それ持ってお城へ行けば仕事を受けられるはずだから。あなたが大公のお眼鏡にかなえば、私は紹介料をもらえる。あなたは簡単な仕事でリハビリがてらお金を稼げる。最高ね!」
「まったく、他人事だと思って」
「そんじゃ、しっかり食べて頑張って!」
セラはひらひらと手を振りながら席を離れていった。
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