第2話 ストーカーの観察眼

 二人は湧いて出て来る下位精霊や集合精霊体を次々と斬っては爆殺をくり返して奥へと進んで行く。通り過ぎた後は爆発の後のクレーターが道標の様になっていた。


「しっかし、奥に行けば行く程エンカウントが激しくなるわね……。」


 クレーターの後をフードの中で振り返りながらティルは見つめながら言う。


「今は小技で済んでるから良いけど、これが消耗狙いだったらこの洞窟って何かしらの意思が働いているように思うわね。」


 ヒジリも呆れた様に呟く。その顔には疲労と言うよりはウンザリとした表情が強かった。しばらく進むと、下へ降りる坂道が有る大きな空洞にたどり着いた。


「この先が地下10層目ね。ここが最下層なのかもっと奥まで有るのか……今更引けないけどね。」


 ヒジリは文句を言いたそうな顔で呟きながらも、前へ進む足を止めようとはしなかった。


「そろそろ出て来る精霊も強くなって来たから、ここらの節目でボスか何か出てきたりしてね。」


 ティルがいたずらっ子の表情で言う。本人は悪気は無いのだろうが、ヒジリはそれを聞いて少し嫌そうな顔をした。


「ティル? それってフラグってよく言わない? ラスボスなら良いけど中ボスは面倒だから要らないんだけど?」


「ヒジリ、それもフラグって言うと思うんだけど……いきなりラスボスもどうかと思うけど?」


 ティルは呆れた表情で言い返したが、ヒジリは無視して奥へと歩を進める。


「ちょっと! 無視しないでよ! 拗ねるわよ!」


 怒っているティルを無視し続けていると、急にヒジリの足が止まる。前方に人らしき姿が見えたのだった。


「こんな所に人が居る? 有り得ないわね。」


 ヒジリは違和感を感じて刀を出す。臨戦態勢を取りながらゆっくりと近づく。


 そして人らしき物の姿がハッキリと見えると、ヒジリの表情が困惑の表情になった。


「え……タツミ君?」


 スポーツ刈りの黒髪をそのまま放置して伸ばした様なツンツンヘアーで、二重の優しそうな瞳をした、ヒジリの想い人の姿が有ったのだ。


「アレは? タツミ? いや違うわね……持っている精霊力が違い過ぎる。」


 それをヒジリの肩越しに見たティルが、強烈な違和感を覚えて即座にその存在を否定した。ヒジリも何となくそれを感じていたが頭が否定したくなかった様子だ。


 二人の気配を察したタツミらしき人は振り返って二人へと優しい視線を向けると、落ち着いた声で話し出した。


「久しぶりだな。元気だったか?」


 ヒジリは自分の耳を疑った。声そのものが自分が良く知るタツミと呼んだ人の声そのものだったのだ。


「タ……ツミ君……?」


「ああ、俺だよ。探しに来てくれたのかい? 嬉しいよ。」


 そう言うとタツミは両手を広げてヒジリの方へと歩き出して来た。ティルは懸命にヒジリの肩を叩いて声を掛けているが、茫然としているヒジリに届いているのかは不明だった。


 タツミがヒジリの目の前に来ると、ヒジリは小刻みに震えていた。そしてヒジリが目に涙を浮かべながらタツミの方を見て言葉を何とか紡ぎ出す。


「なん……で、そんな姿が出来るの!」


「何を言っているんだ? 俺だよ、タツミだよ?」


 タツミがそう言った瞬間、ヒジリは刀を横薙ぎに涙ごと払う様に振ってその存在を否定する。


「何をするんだ?」


「……ストーカーの私を舐めないでよね! タツミ君の声だけ真似ても歩き方のクセ、私への声の掛け方含めて0点よ! タツミ君はクセで必ず右足から歩き出すの! アンタは逆だった。それにこんな所まで来たらタツミ君は嬉しいよなんて絶対に言わない! あの人は無茶するなってまずは他人の心配をする様な人なの! 間違ってもそんなセリフは言わないわ!」


 ヒジリが怒りのこもった声でタツミの姿をした存在に怒声を浴びせ続ける。


「……うん、後半はともかく、前半部分は流石ストーカーね。気が付く点が常人離れしてるわね。」


 ティルがフードの中で呆れているが、ヒジリの言葉はまだまだ続く。それこそよく観察しているなと言わんばかりの微妙な違いを列挙していくのだ。段々と聞いているティルの顔がドン引きし始めていた。


「後はね……この刀よ! この『月虹丸げっこうまる』は元々タツミ君の刀なのに、全然アナタの精霊力に全然反応しない! これが最後の証拠よ!」


 延々と5分は語り続けただろうか、最後の一文だけで良いんじゃないのか? と言う表情のティルを無視してヒジリはタツミの姿をしているモノに刀を向けた。


「凄い凄い、やっぱり人間の感情は面白いね。ここまで来た人間も初めてだが、随分と面白い人間が来たものだ。」


 タツミの姿をしたモノが拍手をしながらそう言うと、白い光に包まれて段々と形を変えていった。


「改めて初めまして、ボクは『名も無き神候補』だ。ここで力を貯めて神になる力を得ようとしていたんだが、とても美味しそうなご馳走が来たものだから歓迎しよかと思ってね。どうだった? ボクの歓迎は?」


 名も無き神候補と言ったモノはそう言うと短めの緋色の髪と、鋭い目つきの同じく緋色の瞳を持った青年の姿に変わった。


「最低な歓迎をありがとう。お礼にあなたの存在を跡形も無いように斬ってあげるわ。」


 そう言って見た事の無い様な冷淡な目つきでヒジリは月虹丸を構える。


「出来るかな? ボクの存在はここで延々と湧く精霊達を喰い続けた上位の存在なんだ。君の様な人間に何とかなる様な存在じゃ無いんだよ。」


「ねぇ、このクソ野郎何て呼ぶ? 神候補なんて死んでも呼びたく無いんだけど?」


 ティルが相手にも聞こえる様に言うと、ヒジリもそれに頷いて同意する。


「そうね、じゃあ侮蔑の念も込めて神になれない存在って意味で『マネカミ』とでも呼びましょうか。あ、あくまで名前じゃなくてあだ名ね! 名付け親みたいになりたくないし、それだけは勘弁だから!」


 ヒジリも悪ノリであだ名としてマネカミと呼んだのだった。


「貴様ら……神のマネをしているだけと言うのか。言ったのを後悔する様な殺し方をしてやる!」


 ワナワナと怒りに震えたマネカミが怒りの声を二人にぶつけて来るが、二人はむしろ冷徹な表情で、真逆の背筋が凍る様な殺気を込めた返事を返す。


「後悔? 逆にさせてやるわよ。タツミ君にどうやって化けたかは知らないけど私達の逆鱗に触れるのには十分よ。」


 そう言うと同時にヒジリはマネカミの懐へと一気に踏み込んで首筋へと月虹丸の刃を向ける。


「甘いなぁ!」


 マネカミはニヤッと笑ったかと思うと、切っ先スレスレにゆっくりと下がって回避する。そしてそのまま体を一回転させて回し蹴りをヒジリの腹部めがけて打ち出した。


 ヒジリは咄嗟に体をスライドして避けようとするが、マネカミの蹴りは何故かヒジリが避けた方へと飛んで来て直撃を喰らい、後方へと弾き飛ばされた。


「痛たたた……。今のは一体?」


「無駄だよ、人間程度ではボクには勝てない。」


 マネカミが余裕の表情でヒジリを見ると同時に、すぐにヒジリは再び踏み込んで今度は足元へと月虹丸の刃を向けた。


 すると今度もギリギリで足を引いて躱されて、逆足での蹴りを喰らう。今度も回避を試みるが、何故か動いた方へと攻撃が飛んで来たのだった。


 そんな攻防を数度繰り返すと、二人は距離を取ってお互いを睨み合う状況になった。


「分かったかい? 君はボクには勝てない。存在のレベルその物が違うんだよ!」


 マネカミが両手を広げながら高らかに笑っている。それを見ているヒジリとティルは苛立ちを隠せていなかったが、何かには気が付いた様子だった。


「アイツ、こちらの思考を呼んでいるわね。そうだとすると、タツミの姿に化けたのも頷けるわ。」


「その様ね……サトリって妖怪と同じね。そうだと辻褄が合うわね。」


 二人の会話を聞いてマネカミは少し驚いた様な表情をする。そして拍手をしながら答えて来た。


「正解、正解。バカじゃないようだね。ボクは相手のイメージが見えるのさ。だから精霊術も剣技も相手のイメージが見えるから避けられるし、回避する方向も分かる。それに精霊術はイメージを具現化する術だ。つまり、精霊術もボクには通用しない。君達は絶対にボクには勝てない。少しは絶望したかい?」


 そう言ってマネカミは手に炎の剣を具現化して構える。そして下卑た笑いを浮かべながら数度剣を振ってから切っ先をヒジリの方へと向ける。


「そろそろ終わりにしようか。絶望しながら神の剣に焼かれて、ボクの養分になりな。」


 二人の顔に冷汗が流れた様に見えた。





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