ストーカー精霊使いの旅路

@texiru

第1話 この道の先

 ここは人間の世界を裏から支えている少しだけ空間がズレた世界、精霊界。


 稀に人間が迷い込んでは精霊と契約をして人間の世界に戻ったり、そのまま住み着く人間もいる。


 精霊達は属性ごとに住み分けをしている。お互いに不要な衝突を避けるためだ。そして、このお話はそんな世界に迷い込んだ火の精霊と契約した一人の少女のお話のちょっとした一部である。






 目の前には天井、地面、壁、辺り一帯から深紅の炎が吹き出している、何とも奇妙な光景の洞窟を一人の少女が歩いていた。


 ここは火の精霊界の中にある洞窟だ。その少女は何かの目的を持って奥へと進んでいる様子だった。


 少女は見た目18歳程であろう。長いフード付きのローブを羽織り、隙間から見える服装はトレーナーにジーンズとラフで動きやすい服装だった。


 後髪はローブに隠れて見えないが、横髪はローブの前方に流しており、腰の辺りまでの長い綺麗な艶の有る黒髪が見えた。


 そしてフードの部分がモゾモゾと動いているのが見える。


「ねぇ、ヒジリ。そろそろ下位精霊が湧き出す頃よ。準備忘れずにね?」


 羽織っているローブのフードの部分から30cm位の可愛らしい2頭身サイズの深紅色の長い髪と目をした少女が顔を出してきた。まるでぬいぐるみが動いている様だった。


「もう湧いてくるの? さっき倒したばかりじゃない。ティルの勘違いじゃないの?」


 ヒジリと呼ばれた少女は視線だけを届かないながらも声の方へと向けて会話をしている。


「流石に精霊の私が精霊の気配を間違える訳無いでしょ? 地下7層まで来ると精霊力も濃いから湧くのも早い様だね。」


 呑気そうにティルと呼ばれた精霊が答えると、ヒジリと呼ばれた少女の周りに白い人魂みたいな物が複数個漂い出す。


「今回も動物型の下位精霊ね、変わり映えしないけど油断はしないで行くわよ。」


 ヒジリはローブから右手を前に出す。そして手首のブレスレットに何かの力を込めると、薄っすらとブレスレットが光る。次の瞬間、一本の刀がヒジリの手の中に具現化した。


 刀を構えると同時に、人魂達は白い大型のオオカミの様な姿になる。そして声にならない何かで威嚇しながらこちらに咬み付かんばかりに襲い掛かって来た。


「この程度なら肩慣らしにもならないわね。」


 ヒジリはそう言うと刀を構える。次の瞬間、刀身が青白い炎に包まれた。


 そして襲い掛かるオオカミの様な下位精霊と呼ばれた物を、華麗な動きですれ違いざまに次々に一刀両断していく。


 斬られて崩れ落ちたオオカミの様な物は断面が焼け焦げた様に真っ黒になり、何か生肉が焦げた様な嫌なニオイがその場に立ち込めた。だが、すぐに残骸は光の粒子の様になって霧散していくのだった。


「ヒジリ! 後ろに下位精霊の集合体が出来そうよ!」


 ティルが警戒する様に声を出す。ヒジリは声の指示どうりに後ろを向くと、そこには先程の白い人魂みたいなモノが多数浮いていた。


 それらは段々と一つの塊になり、ヒジリの倍は有ろう大きさへと膨れ上がって行った。そしてそれは牛の頭を持つ人型のモンスターの様に変化した。


「う~ん、集合精霊体のミノタウロスねぇ……。」


 あらら、と言った声で大きくなっていく集合精霊体と呼ばれたミノタウロスの姿を、ティルはヒジリの肩に顔を乗せて見上げていた。


「ちょっと強そうだけど、今だと相手にもならないわね。」


 ヒジリは構え直して刀身に青白い炎を灯す。


「基礎的な精霊術で十分ね。」


 そう言うと目にも止まらない勢いでミノタウロスの懐に潜り込み、右足を一刀両断する。まるで豆腐を切る様に斬れた断面は焼け焦げており、そこからは先程と同じ嫌なニオイが漂う。


「ブモォォォ!?」


 ミノタウロスは何が起きたか理解できないまま、次々と四肢を斬られて行く。そしてそのまま脳天から真っ二つに一刀両断されたのだった。


「霧散しないわね。やっぱり最後はこれね。」


 地面に崩れ落ちたミノタウロスの肉片は、ガタガタと動きながら再び集まろうとしていた。 ある意味スプラッターな光景だったが、ヒジリは動じずに肉片の集まり始めた位置へ、刀の切っ先を向ける。


「ティル。いつもの精霊術を使うよ。」


「はいはい、ご自由に。この洞窟は絶対壊れないから大丈夫だよ。」


 そう言うと同時に刀の先端に二つの火球が出来上がる。手前の火球は小さく、奥の火球はその数倍の大きさだった。二つの火球は色が赤色から段々と白くなり、そして青い炎へと変化する。


「全部吹き飛びなさい。エクスプロ―ジョン!」


 叫んだ瞬間、手前の火球が爆発して奥の火球を大砲の玉の様に押し出した。大きな火球は爆音と共に物凄い速度でミノタウロスの肉片にぶつかる。


 次の瞬間、一拍の間を置いて大爆発を起こし、土煙と辺り一帯に爆音と爆風が広がったのだった。


 しばらくして風も反響音も土煙も収まると、爆心地には小さな光る石だけが残っていた。


「核の結合結晶だけ残ったね。さっさと砕いて奥に行きましょう。」


 ティルがそう言うと、ヒジリは無言で石の前まで歩いて近づく。そして刀を振りかざして石を真っ二つに斬ると、石は光の粒子の様になって霧散して行ったのだった。


「精霊術の威力がまた上がったんじゃ無いの? これも私のおかげね!」


 ティルが自慢気にヒジリに話しかける。精霊術とはこの世界に存在する自然エネルギーである精霊力を使う。精霊と契約した人間は精霊力と自分の生命力を合わせる事で精霊術と言う物を行使できる。


 先程ヒジリが使った技も全て精霊術だった。


 そして、先程具現化したミノタウロスの様な物も精霊だが、ここの濃い精霊力と迷い込んでしまった生物の死後の残留思念と結合して出て来る。


 なので本能以外の理性は無い。生者の持っている生命力と精霊力を喰らおうとするだけのRPGで出て来る様な自然に湧くモンスターの様な物だ。


「調子に乗らないの。ティルの悪い癖よ? タツミ君を助けるまでは油断しちゃダメだからね?」


 真面目な顔でヒジリはティルに注意した。するとティルは不満そうに返して来る。


「だって、ずっと真面目モードだと、疲れがたまっていざと言う時動けなくなるわよ? 気を張り過ぎよ。」


「そんな事言っても、急がないとタツミ君が手遅れになったらどうするのよ? 後悔しない様にしたいの!」


 ヒジリの返事を聞いたティルは少しウンザリしたような顔をしている。


「ハイハイ、流石に恋するストーカー様には何を言っても馬の耳に念仏ね。」


「ちょっと! 誰がストーカーなのよ!……って自覚は有るけど。」


 ヒジリの言葉が段々と尻すぼみになって行く。それを見てティルが追い打ちをかける様に言葉を続ける。


「でしょうね! 中学2年から高校3年までストーカー状態だったものね。ヒジリの感情から生まれた私には何も隠せないわよ。」

 

「うぅぅ……人の黒歴史を……。」


 ヒジリは少し涙目になっているが、ティルはドヤ顔で追い打ちをかける。


 精霊は人間の強い感情と精霊力が反応して生まれる存在で、精霊はその感情をくれた人間と契約するのが一般的だ。なのでヒジリの感情から生まれたティルは誰よりもヒジリの事を理解して知っているのだ。


「コッソリ同じ電車に乗って家を突き止めたり、彼の教室の近くの水飲み場で休みの度に張り込んで会話を盗み聞きしたりとか、進学先の高校を調べて同じ高校に入ったりとか、毎年バレンタインには自宅のポストに一言メッセージ入りの名前なしのチョコ入れたりとか……って客観的に言うとかなりヤバいね……。」


「もう言わないでー!!! 本当にあの頃はちょっと頭のネジが変だったの!」


 ヒジリは頭を抱えてしゃがみ込んだ。ティルも言っていて何かコイツ本気でヤベー奴だなと思ったのか顔が引いていた。


「と言うか……よくタツミもこんな女と付き合おうと思ったわね……。文章にしてみたらちょっと引くわ。」


「結果として、ちゃんと恋人になったんだから良いじゃない……。」


 ヒジリはいじけながらも、ティルを睨み付ける様に文句を言う。


「ま、結果オーライなら良いけど……そのストーカー様はその男を追いかけて地獄の入り口を目指すとは……本当の意味で地獄の果てまでも追いかけるってやつね。」


「人を変人か危ない人間みたいに言うのは止めて頂戴!」


 ヒジリは涙目で訴えているがティルの呆れ顔は崩れない。


「どう見ても変人で危ない奴でしょうが? これが契約主とは……まぁ良いけど。タツミを助けたいのは私も一緒だし。」


 そう言ってティルはヒジリの肩を小さな手でポンポンと叩く、そろそろ立ち直れと言わんばかりに。


「さぁ、行くわよ。目指すは最下層。誰も見た事が無い地獄の入り口よ。」


 ティルがそう言うと、ヒジリも立ち上がって道の先に見つめる。


「ええ、絶対にタツミ君を連れ戻すんだから。何が有っても。」


 そう言ってヒジリは奥へと足を進めて行く。その道の先に何が有るのかはまだ誰も知る術が無かった。


 




 

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