第54話 Dearest

 篠原しのはらさんと一切会わないまま1週間が過ぎた。たまたま一哉かずやに誘われたのもあり、同級生の女子達とも遊んでみたりもした。

 だけどやっぱり、俺の気持ちには変化は生まれなかった。分かりきっていた事なので今更ではあるが。

 ただ楽しくはあったよ。でもそれは同級生と遊ぶのが楽しかったと言うだけ。篠原さんに向ける様な感情は全く発生していない。

 だから俺はどうやって、篠原さんに信じて貰うかずっと考えて来た。2度目の祝勝会があったのは月曜日の夜。

 そこから丸1週間経った翌日の火曜日、俺は朝から部活へ行こうとしていたんだ。


「何をやっているんですか、篠原さん」


「だっでぇ〜〜」


「また飲み過ぎたんですね」


 初めて会った時の焼き直しだ。またしても篠原さんが路上に転がっていた。まだ7時台だから良いけど、俺が見つけなければ夏の日差しにやられていた所だ。

 見た感じ大丈夫だとは思うけど、念の為に水分補給を促した方が良いだろう。熱中症にでもなったら大変だ。

 2ヶ月程前の出会った日とは、気温があまりにも違うのだから。しかしあの時とは違って、肩を貸していても酒臭さは気にならない。

 俺も大概頭がおかしくなったのだろうか。以前とは違い、そんな事より篠原さんと触れ合っている事を嬉しいと感じている。

 それは性的な意味ではなく、精神的な意味でだ。やっぱりこの感覚は、篠原さんに対してしか発生しないのだなと改めて実感した。


「ほら帰りますよ」


「ゔん」


「足下、気をつけて下さいよ」


 この前もそれで怪我をしたばかりなのだから。どうやら足首の怪我はどうにも無かったらしい。もう足首には何も貼られていなかった。

 ともかくそんな酔っ払いの篠原さんを自宅に送り届けたら、水を与えてシャワーを浴びる様に促す。

 その間に俺は、酷いゴミ屋敷と化した篠原さんの家を片付ける事にした。やっぱり初めて会った日は、家事代行が入った数日後だったのだと確信した。

 1週間会わなかっただけでこうなるとは。まあ駅伝も終わったから、今日の部活を休んだとしても問題はないだろう。


 本当に何もかもがあの日と似ている。でも違うのは俺達の関係性だ。もう何もかもが、あの時とは違うんだ。

 そんな事を考えながら、俺は掃除を進める。リビングに足の踏み場もが多少出来た頃に、篠原さんは浴室から出て来た。

 流石にもう酔いは冷めたのか、シャワーを浴びて来た篠原さんは申し訳なさそうにしている。


「えっと……その……」


「普通に心配なんで、路上で倒れるのはもうやめて下さいよ?」


「う、うん……」


 さて微妙な空気になってしまったわけだが、どうしたものやら。勢いで告白して、回答は保留になっていたわけだ。

 こんな状況は生まれて初めてだから、どうしたら良いのか分からない。本来篠原さんと会うのは明日の夕方だった筈だ。

 それがこうしてズレてしまったから、どうにもお互い調子が狂う。こんな時って、改めて回答を聞くべきなのか?

 それとも相手が切り出すのを待つべきか? 告白の作法とか良く知らないから、取るべき正しいリアクションが分からない。


「あの、その……どうだった? 咲人さきと君、女の子と遊んで来た?」


「それはまあ、行きましたけど」


「じゃ、じゃあやっぱり分かったよね? ボクなんかじゃ足下にも及ばないでしょ?」


「……………はぁ」


 まだそんな事を言っているのか。まあでも、その想定で準備をして来たから構わない。元々俺の目的は、本気だと篠原さんに示す事だ。

 その為に必要な物は、絶対に忘れたりしない様に鞄に入れて来てある。肝心な品が自室の机の中、なんて馬鹿なミスをしない様に対策をして来た。

 昨日のうちから何度も、愛用のスポーツバッグに入っているのかを確認してある。俺はを取り出すと、篠原さんの前で膝をつく。


「篠原さん」


「え!? な、なに!?」


「結婚を前提に、俺と付き合って下さい」


 俺は篠原さんの左手を取って、右手に握っていた指輪を彼女の薬指に通した。俺はまだ高校生で、出来る事なんて限られる。

 自分なりに考えた結果、思いついたのはコレだった。ドラマとかである様な、一番分かり易い好意を示す方法。

 指輪はそんなに高価なものじゃないし、そもそも婚約用の物でもない。単なる普通のファッション用でしかない。

 それっぽい見た目をした、俺でも買える様な値段の安物だ。指輪にはサイズがあるなんて、当然の事も考えていなかったから女性の平均的なサイズから選んだ。

 そのせいで篠原さんの薬指には少し大きかったみたいでやや緩い。高校生の浅知恵らしい締まらない結果だけど、それでも意味ぐらいは伝わっただろう。


「ばっ、馬鹿じゃないの!? 分かっているの!? ボクは31歳だよ!?」


「そんな事は分かっています」


「そ、それに! こんな汚い部屋でそんな!」


「散らかしたのは篠原さんじゃないですか。これ好きな女性の家ってシチュエーションですからね一応」


 ムードがないって言われても、それはお互い様だろう。部屋をゴミ屋敷にしたのは篠原さんで、そんな部屋で本気の告白をしているのは俺だ。

 どちらにも責任はあるし、無いとも言える。俺だって本当なら明日の夜、部屋を片付けてからするつもりだった。

 だけど今朝からまた倒れているし、あんな事を言い出すし。だからもうここでと、思い切って敢行しただけだ。

 計画性とか、そんなものはもう滅茶苦茶だ。元々大して頭が回る訳でもない、ただの陸上馬鹿が考えた事なのだから仕方ない。


「ちなみに親にも相談済みです」


「だ、だからって……」


「俺では駄目ですか?」


「それは……」


 結局一番知りたいのはそこだ。31歳だからどうとか、年齢差がどうだとか今は関係ない。篠原さんにとって、俺は恋愛対象に成り得るのかどうかだ。

 それこそ本当に5年後とかなら良いと言うなら、俺はまた5年後に再挑戦する。まだ高校生だからというのが理由であるなら、卒業式の日にもう一度リトライする。

 俺の年齢なんて時間が解決してくれる。だけど篠原さんが俺をどう思うかは、時間だけでは解決できない。

 家事代行としては魅力的でも、男としては好みで無いと言うならばもうどうしようもない。その場合は諦めるしかないし、縁が無かったという事だ。


「ボクは……」


「俺では嫌ですか?」


「………………好きだよ。ボクも咲人君が好き」


「え…………」


 それは、予想していなかった答えだ。相手にされるかどうか、そこが俺にとって一番のネックだった筈だ。

 俺みたいな未成年でも、異性としてカウントして貰えるのかどうか。その高い壁があると思っていたのに、篠原さんも俺を好きだって?

 そんな奇跡が有り得るのか? 俺の一方的な片想いだと思っていたのに。じゃあ最近の篠原さんの変化は、俺に対する好意から来ていたというのか?


「ボクは家事苦手だし、変わっているし、面倒臭いよ?」


「そんなの知っていますよ」


「嫉妬深いし、重いし甘えるよ?」


「え、ええまあ平気です」


 私生活が駄目なのは、最初から分かっている。面倒臭いのもだいぶ慣れた。嫉妬深いのと重いのは、浮気とかしなければ良いだけだと思う。

 そもそもするつもりもない。甘えるというのがどの程度か分からないけど、それはそれで可愛いと思うから問題はない。

 むしろ甘える篠原さんを見てみたいとすら思う。篠原さんと付き合えるなら、多少の問題は気にならない。

 特に嫉妬なんてのは、好きだからする事の筈だ。それだけ好かれているという証でしかない。

 そんなのむしろ喜ぶポイントだろう。変な人だというのは分かりきっているので、そんなのは今更だ。


「高校卒業するまで、エッチな事は禁止だけど良い?」


「それは…………まだ早いと思いますし」


「本当に、ボクで良いの?」


「はい、俺は貴女が良い」


「だったら……その…………ボクをにしてくれる?」


「はい!」


 感極まったのか、涙を流しながら篠原さんは顔を両手で覆う。いや……顔っていうより、口元じゃないのかこれ。

 あと何だか、篠原さんの顔が青い様な。ああ……何かこの状況には非常に既視感があるぞ。そんな所まで、あの日と一緒なのか。まあでも、俺達らしくて良いのかな。


 日本全国の男性に聞きたい。本気の人生を賭けた告白をした事があるだろうか? そんな告白をした相手から、オッケーを貰った事はあるだろうか?

 そしてそんな一世一代の告白した直後に、ゲロを浴びせかけられた事はあるだろうか? 俺は…………あるぞ。




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■ご挨拶

 処女作からお付き合い頂いている皆様、そして本作からお付き合い頂いている皆様、本日まで私の作品を読んで頂きありがとうございました。

 本作の第一部終了までを年内ギリギリに何とか間に合わせられました。次回からは、付き合う事になった2人の日々を書いていきます。

 この作品はまだまだ続きますが、来年もよろしくお願い致します。それでは、よいお年をお迎えください。

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