第53話 どうせボクなんて

 本当にボクは何をやっているのだろう。あんな泣き言を咲人さきと君の前で言ったばっかりに、こんな事になってしまった。

 咲人君にあんな事を言わせてしまうなんて何をやっているんだ。しかも咲人君が好きだと言ってくれて嬉しい癖に、1週間同級生の女の子と遊べとは何だ。

 全然意味が分からないよ。そのわりに冷静な部分では、ただ慰めてくれただけだと考えてもいる。


 こんな風になったのは人生で初めてだ。まるで10代の女の子みたいに感情の整理が出来なくて、何もかもが上手く出来ない。

 頭の中がぐちゃぐちゃ過ぎて、今週は配信活動を休んでいる。最低限の事務所の運営だけをやって、あとはボーっとただお酒に逃げている。

 どうして良いのか分からなくて、自分がどうしたいのかも分からなくて。考えがまるで纏まらない。


「あ……」


 灰皿がもうパンパンで入れられない。適当なビニール袋に入れなくちゃ。ああ、でもビニール袋をどこやったか分からない。

 確かこの辺りに置いた筈で、あれ? それは先週だった? もう駄目だ、全然覚えていない。1週間咲人君が来ていないから、部屋の中はぐちゃぐちゃだ。

 元々これでも平気だった筈なのに、どうして上手く行かないのだろう。こんな程度の散らかり具合で、困った事なんか無かった筈だったのに。


 だって咲人君が来ない日でも別に………………そうか、咲人君がボクの癖を理解して物を配置してくれていたんだ。

 きっとここに置くだろうとか、ここから取るだろうとか。家事代行を咲人君に頼んでから、妙に色々と捗る様になったのはそれが理由だったんだ。

 ボクがもうそれに慣れきってしまったから、こうなると上手く行かないんだ。前はどうしていたのか、もう分からなくなっている。


「……どこまでも、咲人君頼りじゃないか」


 いつからこうだったのか、もう分からない。気が付いたらこうなっていたのだから。今思えば咲人君は、馴染むのが凄く早かった。

 知らない他人の家事代行だと、物の置き方がボクの希望とは微妙に違ったりする。着替えの戻す順番が思っていたのと違うなんて普通だった。

 だけど咲人君は、その様な相違はいつの間にか消えている。スルッと綺麗に収まる様に、ボクの生活に馴染んでいた。


 こうして改めて理解すればする程に、彼が異性として理想的だと言う事が分かる。ボクにとって必要な人なのだと実感する。

 ダメだと分かっていても、もう自分ではどうしようも無いぐらいに咲人君を求めてしまっている。

 彼は高校生で、僕は良い歳をした大人で。それでも既にボクは、咲人君にのめり込んでしまっている。


「晩御飯、忘れてた」


 咲人君が居ないから、出前を頼むしかない。また今日も忘れている。これで3回目だ。たった1週間で、3回も忘れるなんてどうなっているんだ。

 ボクはノロノロとスマートフォンを操作して、出前アプリを起動する。だけど何を見ても、あんまり美味しそうに見えない。

 食べ飽きた料理がズラリと並んでいるだけだ。前は全然気にならなかったのに、どのチェーン店の料理も色褪せて見えた。


 だってどれも、咲人君の料理より美味しく感じないから。彼が作った料理に慣れきって、もう以前の生活に戻れなくなっている。

 それはこの1週間で痛い程に理解させられた。特に食事については、2日目でもうダメだった。

 ちゃんと味はしているし、前と何も変わっていない。だけどもう、ボクが食べたい料理ではない。たまになら良いけど、毎日はもう無理な体になっていた。


「咲人君……」


 15歳も年齢差があるとか、もう言い訳は辞めよう。ボクは咲人君が好きだ。もう離れられない程に。彼が居ないと、生活に支障が出る領域まで来ている。

 満たされていたんだ、彼と言う存在に。満腹度の話ではなく、人間として。彼が居てくれる事で、ボクは満たされていた。

 篠原美佳子しのはらみかこという人間の心が満たされていたんだ。だって彼はボクの理想の男性像そのままだ。


 家事は完璧でご飯は美味しい、しっかり鍛えられた体で顔もボクは結構好き。こんなの好きにならない方が無理だ。

 咲人君を家事代行に選んだのは直感だった。でもその答えは簡単だった。一目見た時から感じていたんだ、この人が良いって。

 本能的に理解していたんだ、理想の相手だと。ああ……確かにボクの直感は完璧だったよ。こんなの一目惚れと大差ないじゃないか。


「だけど……彼は未成年だ」


 幾らボクが好意を認めても、それは変わらない事実だ。どうやっても覆らない現実だ。そして何より、きっと咲人君はボクを選ばない。

 あんなの衝動的に言ってしまっただけだろう。彼はとても優しいから、慰めようとしてくれただけ。

 その気持ちは嬉しかった、好きだと言ってくれた事は本当に嬉しい。だけど、きっと彼はこの1週間で気付いただろう。

 こんなおばさんよりも、同世代の女の子の方が魅力的だと。若々しい彼女達を見れば一目瞭然だろう。自分の気の迷いだと良く分かっただろう。


 あの時は雰囲気に流されただけで、冷静になったら嫌でも理解出来る筈だ。ボクは31歳で、咲人君は16歳。

 16歳の女の子達なんて、肌も綺麗だしフレッシュだし、全部ボクの上位互換だ。だから次に咲人君が来る頃には、忘れていよう。

 何も無かった、そういう対応をしよう。だけどそれには少し精神的ハードルがある。諦めたくないという意地汚いボクの想いが邪魔をする。

 だからこの気持ちを消し飛ばそう、アルコールの力で上書きするんだ。目覚める頃には、きっと何とかなっている筈だ。

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