第52話 二度目の祝勝会 後編

 俺は珍しく無言のまま背負われていた篠原しのはらさんをソファーに下した。正直色々と大変で、会話をする余裕なんて無かったから丁度良かった。

 あとは簡単な手当だけ済ませて俺も帰ろう。湿布や包帯を取って来た俺は篠原さんの手当を開始する。

 患部に湿布を貼って、念の為にテーピングをしっかりと施して行く。いつも持ち歩いている荷物に、癖でテーピングも入れておいて良かった。

 陸上選手として、万が一怪我した時の事を考えていたのが功を奏した。やり慣れた作業をさっさと済ませる。するとずっと無言だった篠原さんが口を開いた。


「こんな有様だから、ボクって結婚出来ないのかな。咲人さきと君には助けて貰ってばっかりだ」


「篠原さん、それは……」


「家事も苦手だし、家の中は汚いし。こんな女に魅力なんてあるわけないよね」


 それはつい吐き出したと思われる、篠原さんの悩みだった。いつもはあんな風に笑っているけど、本当はそんな事を気にしていたのだ。

 泣き笑いの様な表情で、篠原さんはそんな事を言う。一筋の涙が、彼女の瞳から零れ落ちるのを見た。

 俺は初めて、この人が泣く所を見た。初めて悲しそうにしている姿を目にした。俺は……何も分かっていなかった。

 この人だって、普通の人と同じ様に悩むし、悲しむ事もあるのだと。笑顔の裏で、ずっと悩んで来たのだろう。


 世間一般の話で言えば、確かにそうかも知れない。家事が出来ない、それだけで結婚相手として選ばない人は少なくは無いだろう。

 どうしても男性は女性にそう言った役割を求めがちだ。家庭的である事や母性、そして育児。それらを重要視する人が多いのは分からなくもない。

 何より篠原さんは引くぐらい部屋を散らかすし、掃除も整理整頓も出来ない。洗濯は勿論、料理も含めて全部だめ。

 おまけに酒浸りでヘビースモーカーだ。ハッキリ言って私生活は全部救いようがない。だけど、それでも……俺はこんな篠原さんを見たくない。だから。


「俺は好きですよ、篠原さんが」


「な、なにを急に? 励ましてくれている……んだよね?」


「いいえ違います。誰も結婚してくれないのなら、。貴女と」


「咲人……くん?」


「俺は1人の女性として貴女が好きです、篠原さん。」


 関係が壊れるとか、もうそんなのはどうでも良かった。俺には許せなかった。この人が

 こんなにも魅力的で、可愛くて、素晴らしい女性なのに。誰もこの人の価値が分からないと言うなら、だと言うならば俺が篠原さんを貰う。

 絶対に誰にも譲らないし、こんな風に悲しませたりもしない。もうアレコレ気持ちを伝えない理由を考えるのは辞めだ。

 ここで篠原さんの心を救えないのなら、俺にこの人を好きで居る資格なんてない。ここで好意を示せない男では、きっとこの先なんて一生来ない。


 今は黙って見ないフリをして、気持ちを隠し続けていつの日か? そんな馬鹿な話があるか。そんなの自分を守っているだけだ。

 大好きな人が悲しんでいるのに、見過ごすなんて出来るか。そんな情けない真似、俺は絶対にしたくない。

 俺は篠原さんに頑張る力を貰った。母さんとの想い出も守ってくれると言ってくれた。ならば俺が貴女を支えよう。

 所詮はただの高校生で、彼女すら出来た事が無い。まだまだ男として未熟なのは分かっている。でもせめて篠原さんの心を守るぐらいは、俺にだって出来る筈だ。


「俺なら家事は全部出来ますし、一緒に居たら家もずっと綺麗なままです」


「そ、それは、そうだけど」


「篠原さんは良く自分をおばさんって言いますけど、そんな事は無い。俺から見れば魅力的な大人の女性です」


 篠原さんが出来ない事は、俺が全部やれば良いだけだ。部屋が汚い? そんなの俺が片付ければ解決だ。

 料理が出来ない? 毎日俺が作れば良い。洗濯も風呂掃除も全部俺がやる。そしたらどうだ、後に残るのは美人な大人のお姉さんだ。

 それで何の問題があると言うのか? 俺から見れば、これ以上ない最高のお宝が目の前に残るだけだ。


 ほら、これでもう全部解決だ。悩む必要なんてないし、悲しむ必要もない。婚活なんてしなくて良いし、家事代行だってもう必要ない。

 俺が毎日篠原さんと一緒に居るのだから。つまり金銭的にもプラスでしかない。何のデメリットも残らないじゃないか。

 残念な要素? そんなの俺からすれば全部、チャームポイントでしかない。だって仕方ないだろ? 俺はそんな篠原さんが大好きなのだから。


「お、落ち着こう? 一旦ね、ちゃんと落ち着こう。ボクなんて15歳も年上なんだよ?」


「そんなの分かっていますよ」


「い、1週間! 1週間お休みをあげるからさ。同い年の女の子と沢山遊んで来て。そうしたらきっと、目が覚めるから」


「そんな事を言われても」


 篠原さんの意思は固く、どうしても俺の気持ちを信じてはくれなかった。どうやら一時の気の迷いだと思っているらしい。

 結局俺は、1週間も篠原さんと会うのを禁止されてしまった。もうここまで来たら、どうやって信じて貰うかだ。

 今更やっぱり無しで、なんて通るわけがない。何より俺は、もう決めた。この人と共に生きる未来を求めると。


 相手が高嶺の花だからどうしたと言うのか。そんな事はもう、俺にとって障害にすらならい。フラれるのならば、その結果も受け入れよう。

 だからここからは、篠原さんにどうにか信じて貰う方法を、何とかして考えないといけない。

 何をしてでも、絶対に信じて貰うんだ。それで分かってくれれば俺はそれで良い。貴女が、とても魅力的な女性だと分かってくれるのであればそれで。

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