第51話 二度目の祝勝会 前編
駅伝大会の成績だが、流石に強豪達が集まる全国区。近年強豪校の仲間入りを果たした
こればかりは仕方がない。俺は確かに区間1位の成績を残せたが、他の区間に各校のエース達が居た。
どうにか順位を落とす事は無かったが、最後の2校を抜く事は出来なかった。4位との差は大きかったが、結局は最後まで3位をキープし続けた。
とは言え3位、銅メダルだ。全国で3位は十分に好成績だと言える。夏休み明けの全校集会では、俺達の表彰が行われるのが確定している。
もちろんそれは嬉しいけれど、一番嬉しいのは今だ。
個人経営の洋食料理屋で、まあまあお高い値段がついている。メインで出たハンバーグには、なんと神戸牛が使われていた。
高校生の間からこんなディナーを奢って貰って良いのか、そこだけはやや不安ではあるが。
「いやー本当におめでとう!」
「ありがとうございます。こんな良い所に連れて来て貰って」
「あ~ボクここの店長と知り合いでね」
「なるほど」
色々と稼いでいる篠原さんなら、こう言ったお高いお店の人と知り合いでも不思議ではない。
カウンターで料理をしている、優しそうなおじさんが多分店長なのだろう。さっき店に入った時に、篠原さんが親しげに話し掛けていたので。
まあその事でちょっとモヤっとはしたけどね。俺の知らない篠原さんと親しい大人の男性だ。どうしても関係性とか気にしてしまう。
これもまた新しい発見なのだが、俺は案外嫉妬深いのかも知れない。まあ知り合いという程度ならば、多分大丈夫だとは思う。
それならば俺も心穏やかで居られる。友達ぐらいからは要注意かも知れないが。だから何だって話なんだけどな。
付き合っているわけでも無いのに、何の心配をしているんだよってな。これが嫉妬心をいうものだと知れたのは良いが、あんまり嬉しい発見ではない。
「いやー
「そ、そうですか?」
「こりゃあモテるだろうなって思ったよ」
既にお酒が入っているからか、赤らんだ顔で篠原さんはそんな事を言う。俺はモテたりしなくても良くて、貴女に好かれたいんですけどね。
そんな風にストレートな物言いが出来たら、きっと俺は恋愛初心者なんかじゃないだろう。だが悲しいかな、俺にはそんな勇気がない。
この関係が壊れるのが怖くて、一歩後ろに下がってしまう。何でだろう、駅伝ではあんなに軽やかに走る事が出来たのに。
恋愛になると、突然臆病で逃げ腰になる。俺はこれで良いのだろうか? 本当にこのまま現状維持を続ける方向で良いのか?
山崎さんが言っていた様に、これから5年後までずっとこの気持ちを隠し続けるのか?
「篠原さん、そろそろ飲み過ぎでは?」
「えー祝い事の時はやっぱ飲みたいじゃん」
「程々にしましょうよ、時間も時間ですし」
篠原さんが住むマンションがある高級住宅街の一角。その少し奥まった所にこの店はあるので、マンションまで帰るのはすぐだ。
だけどこのまま、ベロベロに酔うまで飲まれては困る。幾ら俺が篠原さんの事を好きだと言っても、流石に吐く姿を見て喜ぶ性癖は持ち合わせていない。
そんなアレな趣味はないので、そろそろ切り上げて貰う。酔ってはいてもまだ頭が回らない程ではないので、篠原さんは普通に支払いを済ませる。
しかし足取りがやや不安だ。微妙にふらついているのが気にかかる。手でも繋いだ方が良いのではないだろうか?
いや普通に安全の為にね? 下心から来る話では断じてない。念の為であり、やましい事はないのだ。
「大丈夫ですか? ふらついていますけど」
「こ~んぐらい平気だって、ほら~! うわっ!? いてて」
「またそうやって、調子に乗るからですよ」
篠原さんは酔ったまま回転しようとして、見事に転んだ。今回は流石に助けられなかった。手を伸ばしてもギリギリで届かなかった。
この様子なら、やっぱり家まで送り届けた方が良さそうだ。電柱とかにぶつかって怪我でもしたら大変だし。
最初の出会いがそもそも、路上でぶっ倒れていた所を発見したからだ。この人なら何をしても不思議ではない。
それにこの辺りは平和と言っても、車通りだってあるのだ。変質者は居ないと思うけれど、交通事故ぐらいは起こり得る。
だからこれはそう言う意味であって、邪な気持ちでの提案ではない。そう、安全の為なのだ。
あくまで篠原さんが安全に帰宅出来る様に、手を繋ぎましょうというだけ。その結果嬉しいという想いが浮かんでもそれはそれ。
「篠原さん、立てますか?」
「うん大丈……いたた」
「どこか怪我でもしました!?」
篠原さんは転んだ拍子にどうやら、右足を挫いてしまったらしい。右の足首が少し腫れていた。
陸上をやっているから、挫いたりする機会はそれなりになる。だから、この手の怪我は見た目である程度は想像がつく。
濃い紫色になるほどではないので、骨折の類ではないだろう。この程度の腫れならば、今すぐ病院に行く必要は無いと思われる。
明日の朝に行って貰えば、多分大丈夫だと思う。ただ問題は今このタイミングだ。これは立って歩くのは辛いだろう。
となれば選択肢は一つしかないわけで。何度も言う様だが、これは決して下心から来る提案ではない。本当に、そう言うアレじゃないんだ。
「俺が背負いますよ」
「ええ、でも……」
「ほら、早くして下さい」
篠原さんの目の前で俺が屈んで待っていたら、観念したのか俺の背に篠原さんが乗った。こんな時ぐらい、格好をつけても良いよな。
背中に感じる柔らかい感触については、特に言及するつもりはない。これはそう、救命行為と同じであるからして。
役得とかその手の考えは宜しくないと思うぞ。アルコール臭と共に、篠原さんの良い香りも漂ってくるが気にしてはいけない。
俺はあくまでも、篠原さんを自宅まで送り届けるだけだ。珍しく何故か無言の篠原さんに、微妙な違和感を覚えつつ俺は篠原さんを自宅へと連れて行く。
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