第50話 俺を支えてくれる人
全国高校駅伝の為に、俺達
陸上競技で使用するスタジアムで各校の選手たちが入場、そして開会の宣誓などが行われた。
その後は各選手がスタート地点へ移動する流れは県内の予選と変わらない。京都なんて中学の修学旅行で来た程度だ。
それに俺が走るエリアは良く知らない場所だ。あんまり観光で来る様な場所ではないのではないだろうか。
日曜日の朝からしっかりと交通整理が行われ、広い国道を悠々と使える。この光景を見られるのはマラソン選手の特権だろう。
歩道に集まっている応援に来た人達が沢山いて、報道関係者や警備をする警察も大勢集まっていた。
「
「なんだ、また見に来てくれたのか。
「そりゃそうでしょ! 友達なんだから」
澤井さんとは先日あんなやり取りがあったばかりだから、どうにも気恥ずかしいというか。
本当にこんなに可愛い女子が、そんな風に見ていてくれたとは未だに信じられない。それだけで光栄な事だし、正直かなり嬉しくはある。
本来なら学校で自慢出来る様な話なのだから。だけど俺はやっぱり
そんなのは篠原さんにも澤井さんにも不誠実だ。例え俺が篠原さんにフラれる様な事になったとしても、じゃあ澤井さんで良いやなんて考えはしない。
だって俺は澤井さんの事を友達としては好きでも、女性として好きなわけでは無いのだから。
確かに俺は男で、恋人としたい事は沢山ある。恋愛が分からなくても、イコール欲が無いわけではない。
でもだからと言って、澤井さんを都合の良い相手みたいに雑に扱うのは俺の性に合わない。
そんなの気にしないで取り敢えず付き合ってみろよと、普通なら思うのだろう。だから俺は、恋愛というものが良く分からないのだと思う。
「頑張ってね!」
「今度こそ1位とって来いよ!」
「おう!」
2人と適度に会話した後、俺達は一旦別れた。一哉達は2区のゴール地点で待っていてくれる様だ。
付き合いの良い友人達に恵まれたのは嬉しい事だ。だけどやっぱり、一番観て欲しかった人は今日テレビの前に居ない。
何処かに出掛けているらしく、俺の雄姿は見て貰えない。こういう所でカッコイイ所を見せれば、もしかしたら……なんて考えるのは俺が浅はかなのだろう。
そもそも走っている所を見せたからって、好感度が上がるわけでもない。走るのが早いからモテるなんて、小学生までの話だ。
大人の女性に通用する筈がないのだから。それでも見ていて欲しかった、なんて肝心の大舞台で何を考えているんだ俺は。
そんな事ばかり考えていたからか、篠原さんの声まで脳内再生してしまったようだ。
「咲人君! 聞こえてる?」
「…………え? 篠原さん? な、なんで?」
「なんでって、そりゃあ応援に来たに決まっているでしょ?」
「じゃあ日曜日のご飯が要らなかったのは……」
「そりゃ京都まで来るからだね。当然じゃない?」
ははは……なんだよそれは。俺が勝手に勘違いして、1人で勝手に落ち込んでいただけかよ。
そもそも聞けば良かったじゃないか。日曜日は何処かに行くんですか? とただそれだけを。
篠原さんなら普通に答えてくれただろう、君の応援に行くんだよと。馬鹿じゃないのか俺は、本当に馬鹿だ。
こうして篠原さんが見に来てくれたというだけで、一瞬にしてモチベーションが爆上がりしている。
なんだよ、俺ってこんなに単純な男だったのかよ。本戦だからとか、俺の責任とか内心では緊張していた筈なのに。
それが今は、嘘の様に吹き飛んでいた。ただこの人が来てくれた、それだけで信じられない程に俺の心はやる気で満たされていた。
もちろん元々やる気はあったけど、そういう事ではないんだ。今初めて経験している、これが人を好きになるという事なのだと。
「頑張ってね」
「はい!」
「じゃあゴールで待っているから!」
篠原さんはひらひらと手を振りながら去っていく。来てくれただけでも嬉しいというのに、今日の篠原さんはいつもと違った。
外出するから仕事モードってだけでは無い。綺麗なセミロングの黒髪に、紅いメッシュが追加されていた。
もしかして、俺の為にイメチェンしてくれたのか? なんて自惚れても良いのだろうか? だって、金曜日にはメッシュなんて入れていなかった。
どう考えても昨日の土曜日に染めて、今日に間に合わせている。本当は違うのかも知れない。単なる気分の問題かも知れない。
でももし、俺の為だったら。そう思うだけで力は沸き上がる。そしてそんな事を考えている間にも時間は進む。
今回も高順位で走って来てくれた
一哉と澤井さん、そして篠原さんの待つゴールへと向かって。こんなに高いモチベーションが持続しているのは初めてだ。
軽やかに足が進む俺は、流れる風景を視界の端に収めつつ駆け抜ける。まるで背中に羽が生えたかの様に。
未だかつてない程のやる気に満ちていた俺は、見事区間1位の成績を残してタスキを先輩に渡す事が出来た。
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