第49話 本戦前のひと時

 今日は本戦前の最後のバイト。この金曜日が終わり、土曜日になったらバスで京都まで移動する。

 そして翌日には西京極にしきょうごく運動公園という会場へ入る。開幕の挨拶が終わればそれぞれの待機場所に移動する。

 その後は前回同様3年生の保坂ほさか先輩が走って来るのを待つのみだ。次こそは区間1位を目指して走り抜く。

 そんな気合いもそこそこに、散らかった篠原しのはらさんの部屋を片付けて行く。


「篠原さん、またですか?」


「ボクなりにね、頑張ったつもりなんだよ?」


「ええまあ、努力は評価しますけどね」


 最近の篠原さんが行う奇行。出来もしないのに何故か掃除や片付けに手をつけるという行為。何がしたいのかなぁ?

 その意思は尊重するけど、毎回ほぼ意味がない。空き缶をビニール袋に入れるのは良い。その行為自体は素晴らしい。

 ちゃんとゴミを捨てようという意思を感じる。ただ缶ビールの空き缶は、せめて中を濯いでからにしよう。

 微妙に残った飲み残しで袋の中がベタベタになっている。うん、惜しいね。もうちょっと頑張れたらハナマルをあげちゃうよ。


「なんでこう、毎回惜しい感じなんです?」


「それはやっぱり、だからかな」


「苦手? ええまあ……苦手?」


 ごめん篠原さん、俺は貴女が好きだけどそこの忖度は出来そうにない。これは苦手に収まる範疇じゃないよ。

 出来ない又は下手くそが正しい日本語の使い方です。しかも毎回やるのは何か1つだけで、他は相変わらずなので結局作業量は大して変わらない。

 本当に何がしたいのか分からない。でもなあ、そんな意味不明な所も可愛く見えるんだからもう重症だよな。

 俺って駄目な人が好みのタイプだったのか? 確かに篠原さんのお世話をするのが楽しくはあるんだけどさ。これも惚れた弱みってやつなのだろうか。


「そう言えば今日はスパゲティで良かったんですよね?」


「うん! 連絡した通りだよ」


「2日分で良いですか?」


「いや、土曜日の夜までで良いよ」


 日曜日はどこかに出掛けるのか? まあそりゃあ篠原さんにもプライベートがあるのは分かっているけどさ。

 ただ俺としてはテレビで観ていて欲しかったなぁ。せっかく俺が全国ネットで走る姿が映るのにさ。

 俺が唯一良い所を見せられる機会なのに。はぁ…………仕方ないか。別に俺は篠原さんにとって、特別な存在じゃないのだから。

 所詮はバイトの高校生に過ぎない。最近ちょっとリアクションが可愛いからって、それが俺の影響とは限らないもんな良く考えたら。

 普通さ、女性が可愛くなったとなれば彼氏だよなやっぱり。はぁ…………。


「ミートソース、作っておくので」


「うん! ありがとうね」


「いえ、大した手間じゃないので」


 せめて良い事があっただけで済まないか? それで最近テンションが高めなだけって事ならまだ希望はある。

 だけど彼氏が出来たって場合は、告白すらせずに撃沈じゃないか。てか何で今まで考え無かった?

 こんなに魅力的な人に恋人が出来ない訳が無いだろうに。ちょっと仲良くなれたからってさ、それで舞い上がっていただけだよ。


 篠原さんは別に、俺以外の男性と会わないなんて事は無いんだ。むしろ今まで独身で居た事の方が奇跡だろ。

 俺みたいに家事が出来る男性なんて、世の中には沢山居るんだ。俺と同じタイプなら、篠原さんの散らかし癖も問題にはならない。

 こっちが片付ければ良いだけだし、篠原さんは高所得者だ。差し引きしても余裕でお釣りが来る。残念ではあるけど、魅力もちゃんとあるのだから。


咲人さきと君、駅伝のお疲れ様会またやるからね」


「えっ? あれ本気だったんですか?」


「そうだよ? ボクがそんな嘘つく意味ないでしょ?」


「それはそうですけど」


 覚えていてくれた、それだけで喜んでしまう自分が居る。本戦は観ていてくれなくても、祝って貰えるなら十分だ。

 例え本当に彼氏が出来て、俺の出る幕が無くなったとしても。それでも篠原さんに祝って貰えるなら、本戦を頑張ろうと思える。

 区間1位を取る瞬間を観て貰えなくても構わない。なんて事を考えるぐらい、俺はすっかりのめり込んでいるらしい。

 今までは自分の為とか、部員達の為とか考えて走って来た。でも今は、篠原さんに祝われたいという目的が増えている。

 なんて俗っぽい理由だよ。俺がまさか、そんな欲を持つ様になるなんて。


「もしかして……嫌?」


「そんな事ないですよ! 嬉しいですよ」


「そ、そっか。良かった」


 だからさあ、何だよその可愛い笑顔は。勘違いしてしまうじゃないか、そんな表情を向けられたら。

 もしかして俺の事を? と、いちいち思ってしまう。でも知っているんだ、こう言った勘違いが恋愛での一番の敵なんだって。

 こいつもしかして俺の事好きなのか? って勘違いが一番玉砕するんだよな。恋愛について調べたらそう書いてあったからな。

 俺はそんな馬鹿はやらない。絶対これはそういう意味の笑みではない。ただでさえ女子の好意に気づかない鈍感主人公を2回もやっているのだ。

 そんな俺の勘が正しい筈がないのだから。そんな事よりも駅伝に集中………………本当に彼氏、出来たんじゃないよな?

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