特別編 園田マリアのクリスマス配信

 それはまだ篠原美佳子しのはらみかこ東咲人あずまさきとが出会う前の話。2人が出会うその3年ほど前になる。12月25日、それはクリスマスと呼ばれる特別な日だ。

 1年が終わる年の瀬の、最後に残った一大イベントの片割れ。大晦日の前にやって来る恒例行事。

 子供達はクリスマスプレゼントに胸を躍らせ、大人たちは子供の夢を守る。そして恋人や夫婦達は特別な夜を過ごす。


 ただ全員がそんな時間を過ごす訳では無く、そうでは無い者達も居る。何せクリスマスは大体平日である。

 クリスマスが土日と被るのは大体5~6年に1度だけだ。人生で経験するクリスマスは殆どが平日で、イヴやクリスマスに丸1日デートなんてそう出来る事ではない。

 10年ぐらい一緒に居るカップルや夫婦でも、せいぜい1度有るか無いかだ。それはそうなのだが、そもそも相手が居なければ先ず話にならないわけで。


「はいはい、どうせボクは今年も1人ですよ」


『やめーや』

『俺らは皆同類ってわけ』

『彼氏どこ…? ここ?』

『言うて平日ですしおすし』

『今から夜勤ですけど?』


 クリスマスだろうが普通に仕事があるのは勿論だが、恋人なり子供なりが居なければそもそも関係のないイベントであった。10年ぐらい前までは。

 それが昨今では、配信者とクリスマスを過ごすという楽しみ方もある。例え家で1人であったとしても、配信者やリスナー達と一緒に過ごせれば良いという考え方だ。

 それはここ数年の間に新しいスタイルとして定着しつつある。インターネットが普及した事で、人と人の距離感は一気に縮まった。

 例え目の前に居ない人であっても、身近に感じる事が出来る世界がそこには広がっている。クリぼっちと言う言葉も、今ではあまり意味のない言葉と化している。

 何故なら本当に孤独な人は、インターネットすら使わず誰とも関わらないという生き方でもしない限り有り得ないからだ。


「そろそろ結婚したいなぁ。どこかにボクの面倒を見てくれる男性居ない?」


『えっと(;^_^A』

『すまん汚部屋の住人はちょっと』

『ワイらにも選ぶ権利ぐらいあるで』

『家事スキルゼロはね?』

『まあその、来世に期待しよ?』


 掃除も整理整頓も出来ず、家事が悉く壊滅的な園田マリアこと篠原美佳子。そんな彼女を許容してくれる男性は中々探すのが難しい。

 料理が苦手という程度ならば、まだまだ可能性はある。しかし彼女はそのレベルを遥かに超越している。

 片付けられない掃除が出来ないだけならばともかく、美佳子の場合は散らかすが正しい。それに家事全般も苦手ではなく、下手もしくは出来ない。


 やりたくない事はやらない主義で生きている彼女は、徹底して改善するつもりがない。しかしそれでも結婚はしたいのだからその難易度は高い。

 それは美佳子も分かっているし、悩みの種でもあるのだ。恋人は長続きせず結婚は出来ない、その事をわりと真剣に悩んではいる。

 美佳子だって、人恋しいという感情ぐらい持っている。人の温もりを求める時だってあるし、好きな人に愛されたいとも思っている。


「掃除洗濯が出来てご飯が美味しい人が良いってだけでしょ~どっかにいないの!?」


『それだけとちゃうやんw』

『もっとあっただろwww』

『過少申告すな』

『嘘は良くない』

『正直になろうや』


「……鍛えていて体格が良くて、出来たら顔も好みな方が良い。あとドライヤーもやって欲しい。髪とかも洗って欲しい。」


『欲張りすぎるwww』

『もしかして:介護』

『おばあちゃんやん』

園田そのだマリア80代説』

『ホームヘルパーか?』


 美佳子は所謂風呂キャンセル、お風呂に毎日入らないタイプではない。ただ面倒臭いとは常々感じているのだ。

 もし結婚するなら、お風呂に入れてくれる人が良いと密かに思っている。面倒臭いから髪の毛を洗ったりして欲しいのだ。

 入れてくれるならば、湯船に浸かるのもやぶさかではない。もちろん美佳子はそんな考えをしている自分が悪い事も分かっている。

 だからそれはあくまでも希望で、全部やってくれなくても良いとも思っている。家事だって家事代行を頼めば良いし、その料金分は自分で稼げる。


 挙げた条件は理想に過ぎず、ちゃんと現実的な視点も持ち合わせていた。配信で理想を語るだけなら自由だから、そう言っているだけ。

 彼女なりに配信活動の裏側で、ちゃんと真面目に婚活もして来た。それでもやっぱり、上手くはいかなかった。

 容姿に釣られた体目当ての男性ならすぐに現れるが、そんな相手と結婚する気には当然なれない。


「お金ならボクが稼ぐのになぁ~年収は気にしないのに」


『そういう問題ではない』

『先ず私生活をどうにかしろ』

『諦めよう? そんな男おらん』

『いやでも気持ちは分かる』

『髪洗うのは確かに面倒』


 美佳子は年々自分に女性としての魅力が無いのではないか、そんな風に悩む様になっていた。

 配信では笑ってネタにはしていても、本音としては結構辛い部分があるのだ。もうすぐ30歳という節目を迎えるのに、一向に良い話は出てこない。

 毎日のように酒浸りになっているのは、そんな悩みを吹き飛ばすため。酔って寝てしまえば、ベッドで1人孤独に将来について悩む必要はなくなる。

 ただお酒が好きというだけではないのだ。逃避という意味も含めての飲酒だった。しかしそんな美佳子にも、近い将来転機が訪れる事となる。

 美佳子の理想を全て叶えてくれる、1人の高校生との出会いによって。

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