第47話 大人の女性から見た場合

 夏休みに入ったタイミングで、一哉かずや澤井さわいさんがシルバージムの無料体験を受ける事になった。

 紹介するのは俺だから、当然俺も同じ時間に予約を入れた。ただまあ、その時間に篠原しのはらさんもジムに居る。

 正直ちょっと被せに行った所はある。ただ結局ジムの時間を被らせたからって、何が出来るわけでもない。

 結局俺だってトレーニングをするわけだし。向こうだってそうだ。同じ日に同じ喫茶店に行くわけじゃない。

 奇遇ですねぇなんて言って同じ席に座るわけではないのだから。ただバイトが無い日にも篠原さんに会えるというだけだ。


「へぇ〜結構広そうだな」


「思ったより女性が入って行くね」


「まあそうだね。イメージよりは女性が多いかな」


 一哉と澤井さんを案内しつつ、俺は俺で自分の用意を始める。更衣室でトレーニングウェアに着替えて、山崎さんに声を掛ける。

 結局あれから俺の担当は大体山崎さんがやってくれている。今回の無料体験は別のトレーナーさんらしく、ゆっくり会話する余裕があった。

 トレーニングの方向性について話したり、ここ最近の食事内容について報告したりする。

 このジムでは体重や体脂肪率の管理についてもアドバイスをくれる。そんな所まで見て貰えるのは非常に助かる。


「本戦はもうすぐなんだよね? なら少し緩くしようか」


「やり過ぎも良くないんですよね?」


「今ハードトレーニングは避けるべきね。体調やモチベーションの管理を優先かな」


 トレーニングは厳しければ厳しい程良い、というイメージをつい持ってしまいがちだ。しかしそれは場合にもよる。

 特に未成年の間は注意が必要らしく、肉体が大人になりきる前に無茶をし過ぎると将来に響くらしい。

 短期的に見れば効果が出た様に見えても、長期的に見たらデメリットが勝つ場合もある。筋肉痛が良い例だろう。

 筋肉痛がある時も休まず筋トレをしたら、より筋力がつきそうに感じる。しかし実際にはあまり効果はない。

 筋肉痛は筋肉が修復している証であり、修復が終わる前にまたダメージを与えても高い効果は得られない。


「大舞台だとメンタル面が特に大事よ。楽しい事とか好きな事に集中すると良いわ」


「楽しい事、好きな事かぁ」


「難しく考えなくて良いのよ? 好きな漫画とか、音楽とかでもオッケーね」


 精神統一とか精神集中とか、その手の事があまり得意ではない。余計な事を考えてしまう事が良くある。

 ボーッとするのが難しい質なのだ。俺には何も考えないが出来ない。常に何かを考えているタイプで、そうじゃないと落ち着かない。

 何も考えないが出来る人は、一体どうやっているのだろう? こうしていちいち考えるから駄目なのだろうけど。

 でもこれをやらずに居るのは無理だ。これは音楽を聴いていたりしても変わらない。大体は曲と何も関係ない事を考えている。


「ちなみに〜好きな人とかでも良いわよ」


「んなっ!?」


「おやぁ? 私は篠原さんなんて言ってないけどな〜」


 見事に嵌められた。つい思わずトレーニング中の篠原さんを見てしまった。不意打ちは卑怯でしょうよ。

 冗談のつもりなのだろうけど、今となっては冗談では済まない。プールに行く前ならそうじゃないと言えた。

 でも今は違う、篠原さんが好きだと自覚している。あの人の駄目な所も含めて、魅力的だと思っている。

 でも分からない、俺はどうするべきなのか。最近篠原さんの様子が以前と違う気がする。だけどそれが、俺にとってプラスなのかは分からない。


「……あの」


「おやおや? 本当に恋のアドバイスが必要かな?」


「…………山崎さんは、高校生に告白されたらどう思います?」


「結構ガチめのやつ来たなぁ」


 ある意味で一番相談しやすい人が山崎さんだ。俺より年上だけど、篠原さんよりは若い。多分どっちの感覚も分かるんじゃないだろうか。

 正直な所、もう俺が1人で悩んでいても解決しない領域に居る。大人の女性に聞いてみないと、話しが進まない気がするんだ。

 伝えずに現状を維持するにしても、告白をするにしても。どちらにしても、近い立場に居る人の意見は必要だろう。

 そもそも高校生に好かれる事が、大人の女性としてはどう感じるのだろうという根本的な問題があるのだから。


「まあ篠原さんとあずま君ぐらいの関係性なら嬉しいかなぁ」


「その、付き合うとか、は?」


「ん〜〜遠慮はしちゃうかな。東君は未成年だし。ああ嫌って意味じゃなくてね」


 やっぱり、そうだよな。俺が未成年だから、そう言う対象としては見れないよな。せめて俺が大学生なら違ったのだろうか。

 ただ嫌がられる可能性は下がった。嬉しいと思って貰える可能性が出て来た。それならば現状維持をするにしても、下手に性欲を向けたりしない様に気をつけるだけだ。

 そりゃあ篠原さんが恋愛対象として見てくれるなら、その先に進みたいけどさ。付き合えるならそれほど嬉しい事はない。

 あんなに綺麗なお姉さんが彼女になる、考えただけでも夢の様な話だ。


「私なら、5年後とかにずっと好きでしたって言われたら付き合うかも」


「ご、5年後……」


「私なら、だからね? 篠原さんがどうかは分からないよ」


 そんなに先じゃないとノーチャンスですか。長いなぁ……それまでに篠原さんが結婚しない可能性がどれぐらいあるんだ?

 父さんの話も考えたら、やっぱり望みは薄いのかな。結婚適齢期とかあるもんなぁ。

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