第46話 父親とのやり取り
結局はいつもと何かが違う空気のまま、家事代行を終えた俺は父さんと自宅で食事をしていた。
いつも通りシンプルな木製の長テーブルに座り、2人で向き合っている。そこでふと思った。もし万が一だけど、
その場合は父さんに何て言えば良いんだ? いやもちろんまだ何も決まっていないし、今の内から考える様な事ではないのだけど。
捕らぬ狸の皮算用とは正にこの事ではあるんだが。それでも家族だからだろうか、つい聞いてみたくなったんだ。
「なあ、父さんはさ。その、歳の差がある恋愛ってどう思う?」
「はぁ? 何だ急に?」
「ちょっと聞いてみたいなって」
そう言いたくなる気持ちは分かるよ。何の前触れもなくこんな事を聞かれたら、意味が分からないよな。
俺だって父さんの立場ならそのリアクションになる。せめてそんなニュースでも観ていたのなら、この話題になるのは分かる。
芸能人が歳の差婚をしたとかさ。そうじゃないのに聞いたのは悪いとは思う。ただもし反対されてしまったら。そんなのは認めないと言われたら。
唯一の肉親と対立する事になってしまう。それは決して良い未来ではない。それだけで済めばまだ良い方で、バイトを辞めさせられたら最悪だ。
そんな事になったら全てが終わってしまう。もし反対されるならば、万が一篠原さんと付き合えたとしても、黙って交際するしか道はないのだろうか。
しかしそれは正しいのか? その方向性は何だか違う気がする。だってそれじゃあ、悪い事をしているみたいじゃないか。
どうせなら俺は堂々と、胸を張って篠原さんが好きだと言いたい。やるからには正々堂々と、逃げ隠れする前提で篠原さんと付き合いたいなんて論外だろう。
「まあ、良いんじゃないか? 本人の自由だろ」
「それは、10歳以上離れていても?」
「あん? まさか小学生の女の子とかの話か? それは流石に駄目だろ」
「あ~じゃなくて。例えば俺と、大人の女性みたいな話」
小学生は流石に聞かなくても反対するって分かっているよ。逆に父さんがそれを良しとしたら嫌だわ。
嫌過ぎるだろ小1と付き合う高校生の息子を許容する父親なんて。というか何故俺がそっちに行くと思った?
もうちょっと息子を信用してくれよ。俺がそんなロリコンに見えたのか? その場合は別の理由で家族会議が必要になるぞ。
何をもってそう判断したかで、これから話し合う内容が変わるからな。俺は年下にはそう言う目を向けていません。
まあ俺がどうも年上好きらしいと判明したのはつい最近だけども。と言うか俺の話だって分かっているなら、何の話かぐらい分かってくれよ。
知っているだろうが、俺がどこでどんなバイトをしているかなんて。
「
「まあ……そう言う話だ」
「すぅ…………ふぅ」
晩飯を食べ終わった父さんが、タバコに火を付けて大きく一吸いした。目を瞑って眉間を抑えながら、父さんはタバコをただ吸い続けるのみ。
これは、どっちだ。反対する方向性の長考なのか、認める方向での沈黙なのか。思えば恋愛相談なんて、父さんにはした事が無かった。
これが初めての恋愛なのだから、当たり前ではあるのだが。そもそも父さんが母さんとの惚気話をする事はあっても、俺から異性の話題を提供した事は殆ど無いのだ。
せいぜい
だからどんな回答が出て来るのか、全く見当がつかない。父さんはじっくりとタバコを1本吸い終わるまで吸ってから、漸く目を開いて此方を見た。
「なあ咲人」
「お、おう」
「男性の平均寿命は81歳で、女性は87歳って知っているか?」
「いや? 今知った」
もしかしたら中学の保健体育で習ったのかも知れないが、今となってはどうだったか覚えていない。
特に受験とは関係の無い教科だから、中学の卒業と共に教わった内容は幾らか忘れてしまっている。
しかしそれにしても、それがなんだと言うのだろうか? 女性の方が6歳長生きだからと言っても、今それは関係のない話だ。
大体それぐらいは誤差の範囲じゃないのか? 病気をしたかどうかでも変わってしまうだろう。ガンだとか流行り病だとか、死ぬ理由なんて幾らでもある。
交通事故で早くに亡くなる場合だってあるから、一概にどうとは言えない話だ。俺だってそんなの、どうなるか分からないのだから。
「10歳以上も離れているとな、結構な確率で先に女性の方が亡くなる」
「それは……分かるけどさ」
「奥さんが先に死ぬってのはな、辛いぞ?」
実際にそれを経験している父親からのその発言は、それ相応の重みがあった。平均寿命の差が6歳、そして俺と篠原さんの年齢差は15歳。
仮に篠原さんが平均寿命ピッタリまで生きたとして、15歳の開きがあるから俺はその時72歳だ。
俺が81歳まで生きた場合、9年間は独り身と言う事になるだろう。6歳の寿命の差、それがどうしたと思ったけれど、こうやって見た場合は結構大きい。
もし篠原さんがそれより早く亡くなったら、俺が独りになる期間はもっと長くなるだろう。それを俺が耐えられるのか、そう父さんは問うているのだ。
そしてまだ彼女すら出来た事がない俺には、それがどれだけ辛い事なのか分からない。父さんを通じて、何となく想像するのが精一杯だ。
「篠原さん、だったか? 確か30か31だよな?」
「ああ」
「ならお前が社会人になって、子供を作ろうとした時には高齢出産だ。それもまた、リスクがある」
「……うん」
「この意味が分からん年齢ではないよな? なら、ちゃんと考えろよ。その上でなら止めん」
甘く考えていた、と言うのは否めない。所詮俺は恋愛初心者で、高校生でしかない。だから見えていない部分はもっと沢山あるのだろう。
これでも要点を最低限に絞って伝えてくれた筈だ。本当はもっと、言いたい事はあったのだろう。
父親の意見として、今挙げた点ぐらいは最低でも覚悟を決めろという事だ。それが出来ないならやめておけという事。覚悟……か。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます