第43話 どうせ相手にされる筈がない
プールでの
ただじゃあ、これからどうするのかと言う事だ。俺が大人への憧れだと思っていた感情は恋。だから何が変わるのかと言う話で。
結局俺は雇われた家事代行のバイトで、篠原さんは雇った側に過ぎない。確かに最近はちょっと仲良くなれた気はする。
だけどそんなの、恋とは関係のない話だ。だって篠原さんは俺を恋愛対象に見ていないのだから。
かなり都合良く考えても、頼れる弟分ってぐらいだろう。家事諸々を任せられて、ナンパ避けに使えるという程度。
「ふっ、ふっ」
なんて事を考えながら、今日も10kmコースを走っている。
学校の近隣には住宅街やちょっと大きな池もある。10kmコースはこの池を大回りに迂回する事になる。
視界が開けているので、同じ様に走っている生徒がいれば対岸から見えたりする。ちょうど俺と反対側の位置に野球部の集団が見えた。
距離があるので顔までは分からないが、放課後になってすぐ走り込みをやっているのだから1年生だろう。あいつらにも居るのかな、好きな女性が。
7月に入り更に厳しくなった日差しに晒されながら、再び篠原さんとの関係について考える。
俺は篠原さんが好きなんだ、1人の女性として。でも今の関係を壊してまでどうにかなりたい訳じゃない。
下手に告白なんかして、家事代行を辞める事になる方が嫌だ。その関係性でしか、篠原さんと俺を繋ぐものは無い。
元々知り合いだったのではなく、たまたま出会えただけの関係だ。もしあの日、篠原さんを見つけていなかったら。
その場合俺はあの人の存在なんて、一切知らないままだっただろう。そこにしか繋がりがない関係で、接点を失えば終了だ。
そうなればもう二度と、あの人に会う事は出来なくなる。部屋を散らかしたまま出迎えてくれる彼女に会えなくなる。
いつも酒浸りで、掃除も整理も出来なくて。酒臭くてタバコ臭いけど、だけど良い匂いがする不思議な人。
とても残念だけど、カッコいい所もあって。スタイル抜群で美人な大人のお姉さん。でも子供っぽい所もあって、ちょっと可愛くもある。
駄目な所も含めて、俺は魅力的だと感じている。恋をしている、そんな篠原さんに。だから会えなくなるのだけはごめんだ。
「すぅーーーふぅーーー」
「あ!
「ふぅ。
ノルマの10kmを走り終わり校門を潜ると、逆に校外へと出ようとしている澤井さんと出会った。
彼女は走り幅跳びの選手だけど、だからと言って体力作りを疎かには出来ない。これは陸上競技に限らず全てのスポーツがそうだ。
体力作りは全ての基礎であり、どこの運動部でも走り込みはする。だからこうして校門の前で誰かとすれ違うのは日常茶飯事だ。
今回が特別なわけではない。それこそバレー部の霜月さんとか、サッカー分の雄也とか出会う知り合いは様々だ。
「うん、そうだよ」
「あ〜じゃあ行く前にさ、ちょっと聞いていい?」
「? 何かな?」
「恋愛対象じゃない男から好意を向けられるのって、どんな風に感じるのかな?」
本当に何となくだけど、聞いてみたくなった。念の為というか、致命的なミスをしない為に。
もし万が一篠原さんに気持ちを伝える場合、嫌がられたら困る。うわコイツキモいとか思われたら死ねる。
関係性が壊れない様に、というのが大前提にあるが何よりもそこに問題がある。告ハラなんて言葉もあるぐらいだし、ヤバい失敗だけは何としても避けたい。
人気者の澤井さんなら、きっとそう言った経験もあるだろうと思って尋ねてみた。当たり前だが突然過ぎて、彼女は困惑している様だ。
「急に変な事を聞くね?」
「何か、ごめん」
「うーん……相手との関係性にもよるなぁ」
「遊びに行ったりはする、ぐらいの関係だったら?」
分かっている、これでもだいぶ良い様に解釈しているのは。遊びに行くとは言っても、篠原さんと出掛けたのは2回だけだ。
知り合って2ヶ月ちょいでたった2回。しかも1度目は半分篠原さんの仕事だ。俺はその付き添いをしただけに過ぎない。
だから遊びに行ったりする関係と言うにはまだ少し遠い。ただそれに近い関係ではあると思いたい。
予選突破のお祝いとかもして貰えたし? ただの知り合いの男の子より上にはなるんじゃないか?
「それぐらいならまあ……嬉しいかも?」
「気持ち悪いとか、思ったりする?」
「それは相手次第だよ」
流石に質問が抽象的過ぎたか。しかしクラスメイトとは言え、篠原さんを知っている人にあまり具体的な話はしたくない。
何となく恥ずかしいと言うか。あんな美人に恋をしているなんて無謀な話だしな。そんなの相手にして貰える訳が無いとか言われたら凹む。
分かってはいるけど、他人から言われたら辛い。まだ夢を見ていたいと言うか、砕け散りたくはない。玉砕覚悟で挑んでいるのではないのだから。
「だよな、ごめん変な事聞いて」
「誰かに告白でもするの?」
「しないしない! ちょっと聞いてみたかっただけ」
「ふーん?」
少し疑われている様子だが、適当に切り上げてその場を離れた。告白する予定なんか無いよ本当に。
だって玉砕するぐらいなら、こうして心に秘めたまま一緒に居られる方が良いから。
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