第42話 人の心は簡単ではない

 全くもう、最近のボクはどうにかしているね。この間の酔った咲人さきと君の発言が気になって、プールに誘ってみるとかさ。

 何をやっているのかな? その癖2人はちょっと不安だからと鏡花きょうかちゃんと葉山はやま君を一緒に呼んでみたりして。

 10代の女の子じゃあないのだから。そう思いながらもちょっと探りを入れてみようなんて、馬鹿みたいな事をやっている。


「お待たせしました、コーラ2つです」


「ありがとう」


 本当にさっきまでのボクは頭がおかしかったね。恋人同士の手の繋ぎ方を教えるって頭悪くない?

 ともすればって言うかストレートにセクハラじゃないか。男子高校生にセクハラする31歳のおばさん。うん、終わっているね。

 咲人君に警察に駆け込まれたら終わりだねボクの人生。まあ彼は優しいからそんな事はしないだろうけど。

 でもねぇ、そんな良い子だから甘えちゃうのだろうね。こんなボクみたいな女を相手に、嫌そうにもせずに付き合ってくれた。


 私生活の滅茶苦茶具合を見ても、こうして一緒に居てくれている。普通なら有り得ない話だ。

 酒浸りでヘビースモーカーな家事が下手なおばさん。そんな人間を相手にこうも優しくしてくれるかね?

 少なくともこれまで付き合った男性にそんな人は居なかったね。皆が皆、ボクの私生活を知ると離れて行った。


「甘え、そう甘えだよね」


 雇い主と言う立場を使って、咲人君に甘えているだけ。本当なら関わる事すらない筈なんだよボク達は。

 偶然出会った日に、この子は安全そうだなと思ったから採用しただけ。それがいつの間にかどっぷりと腰まで浸かってしまっている。咲人君の優しさに。

 だって彼の近くは凄く居心地が良い。生活に馴染むというか、痒い所に手が届くというか。

 配信者としてやって行く事を決めた時に、こんな旦那さんが居たらなぁと思い描いた理想像。それを具現化したかの様な存在が咲人君だ。

 家事全般が出来て、配信者としての活動に理解がある。彼はきっとボクの邪魔をしないだろう。生きたい様に生きる在り方を尊重してくれるだろう。


「はぁ……」


 思わず溜息も出るというもの。こんな10代の女子みたいな駆け引きをしてみて、やっぱり異性扱いしてくれているのかな? とか馬鹿みたいに喜んだりして。

 そうだね確かに咲人君は理想的な相手だよ。見た目も結構良い感じだから、大人になる頃には凄くカッコよくなっているだろう。

 中身は言うまでもなく完璧だ。ちょっと恋愛経験は足りてないけど、それぐらい問題視する事じゃない。

 ナンパ男達に言った言葉は本心だ。彼は高校生だけど、下手な成人男性よりも魅力的だ。しかしそう、高校生なんだよ。


 咲人君は高校生で、ボクは良い歳をした大人だ。分かっているんだ、彼のお姫様はボクじゃない。

 今日は騎士役をしてくれたけど、それは彼が優しい男の子だからだ。気を遣ってくれただけ。身の程を弁えないとね。

 このままズブズブと深みにハマって、本気で好きになったら不味い。それは絶対に避けないと。推すのは良くても、ガチ恋をして良い相手ではないのだから。


「あ、篠原しのはらさん! いつ頃帰りますか?」


「やあ鏡花ちゃん。そうだねぇ~じゃあ後1時間後ぐらいにしよっか」


「分かりました」


「じゃあ咲人君の所に行くから」


 たまたま会った鏡花ちゃんと、帰る時間について話し合った。そう、あと1時間だけ。あと1時間だけは、咲人君が騎士様で居てくれる。

 不味いとは分かっていても、何故かやめられない。鏡花ちゃん達に気を遣って、咲人君と居るみたいに言い聞かせているけど本当は違うと分かっている。

 ただボクが咲人君に甘えたいだけなんだ。彼と2人で居る理由を、無理矢理作っているだけ。

 本当にもう、30過ぎた大人がやる事じゃないね。とは言え、もう1時間だけ。その間だけは咲人君と2人の時間だ。


「咲人君おまた………っ!?」


 何故ボクは隠れたんだろう。見知らぬ可愛らしい女の子と、咲人君が話しているから? そんなの理由にならないよね?

 別に堂々と出て行けば良い。この間は普通にそれが出来たじゃないか。だから、今回も。そう考えていても柱の影から出られない。

 そして覗き見をしている。何故そんな真似を? ちょっと咲人君が、若くて可愛い女の子とただ話しているだけ……っ!?


 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う


 違う! ボクは嫉妬なんてしていない! この苦しみは嫉妬心じゃない! ボクは確かに咲人君に甘えていた。

 だけど、本気で好きになってはいけない。ボクは31歳で、咲人君は16歳なんだ。15歳も離れているのに、ボクが本気で好きになって良いわけないんだ!

 だから落ち着いてよ……違うんだよ! ああもう! 何で咲人君の笑顔が浮かぶ!? 優しい言葉が浮かぶんだ!?

 若く見えるって言われただけでしょ!? 違う、違う! ボクは咲人君を好きになんて! なって、いない……。

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