第41話 恋心

 ナンパ事件以降は特にトラブルもなく、お昼には葉山はやまさんと宮沢みやざわさんに合流した。そこからは4人で昼食にしたり、遊んで回ったり。

 15時ぐらいからはカップルの2人に配慮して、また篠原しのはらさんと2人だけで行動している。

 ナンパ対策と称して、手を繋いでいたのはドキドキさせられた。女性とこんな風に過ごしたのは初めてだったからヤバかったな。

 咲人君の将来の為、恋人繋ぎを教えてあげよう! とかいつものノリで始めるのだから困ったものだ。

 今は飲み物を買いに行ってくれているので、1人になって冷静にはなれたけど。しかし将来の為に、なぁ。俺がそんな関係に、誰かとなるのかなぁ?


咲人さきと


「え?」


「久しぶり」


「…………夏歩なつほ


 名前を呼ばれて振り返った先には、もう口も聞いていなかった幼馴染の三浦夏歩みうらなつほが立っていた。突然の事で頭が一杯になる。

 何故ここに居るのかとか、いやでもプレオープンだから知人と会う可能性もあって当然かとか。

 色んな思考が頭の中をめちゃくちゃに走り回る。久しぶりに再会した夏歩は、長かった髪を切っていた。

 いつもポニーテールにしていたのに、今はショートカットになっていた。元々モテる方だった夏歩は、高校生になって更に美人になっていた。


「……俺なんか、無視したら良かったのに」


「そんな事はしないよ、幼馴染なんだから」


「だけど…………」


 俺は漫画の馬鹿みたいに鈍感な主人公と同じ事をしたんだぞ。あんなに鈍感な男なんて、現実に居るのかよって笑っていたのに。

 その俺自身がクソ鈍感なクソガキに過ぎなかった。そのせいで俺は夏歩を傷つけて、和彦かずひことの関係も微妙になって。

 3人がバラバラになった原因を作ったのは俺なんだ。だから今更、そんな風に声を掛けたりしなくて良いんだよ。最低最悪の男として、無視すれば良かったんだ。


「その、咲人に謝りたくて」


「……なんで夏歩が? 悪いのは俺の方だ」


「ううん、違うの。悪いのは私なんだ」


 意味が分からない。夏帆の何処に落ち度があるんだよ。ただ俺が鈍感クソ野郎だっただけの話だ。

 恋愛なんて全く向かない、ただの鈍感で馬鹿な男だったというオチがついて終わっただけ。

 10年間も想い続けてくれていたのに、気づきもしなかった恋愛下手くそ野郎が悪かった。それ以外に何があるというのか。

 夏歩の責任なんて何も無いから、謝る必要だってない。そもそも何について謝るんだ? 悪い所がない人間が謝るなんて不可能じゃないか。


「私ね、気づいていたんだ……咲人の恋愛対象が自分じゃないって」


「それは! だけど……それの何が悪いんだよ!」


「悪いよ。だって分かっていたのに、あんな事言っちゃったんだもん。ごめんね咲人」


 和彦の為に俺が一歩引いていると気づいていたのか? 俺が夏歩をそう言う対象として見ていないと。でもいつから気づいていた? 

 いやしかしそれにしても、やっぱり夏歩は悪くないじゃないか。あの日の夏歩の主張は何もおかしくはない。

 俺がただ鈍感だったという事実は何も変わらない。ただ夏歩の気持ちを理解して居なかった俺が、無駄に夏歩を傷つけただけなのは変わりない。

 だから結局夏歩は悪くないという事にしかならない。謝る理由なんて、やっぱり無いじゃないか。


「あれから咲人、女の子と距離を置いたでしょ?」


「それは…………」


「私が余計な事を言ったから、咲人が恋愛をしなくなってしまったらどうしようって不安だった」


 それは俺が悪かったのだから、当然の報いでしかない。俺みたいな奴に恋愛なんて出来る筈がない。

 無駄に結婚願望だけはある、独り身の男として終わるに違いないんだ。そもそも好きになるという感情自体が、まだ良く分かっていないんだぞ。

 そんなのでどうやって恋愛なんかするんだ。夏歩のせいでしないんじゃない、恋愛の仕方がそもそも分からないんだ。

 何が好きで、何が好きじゃないのか。そこから先ず分からないんだよ俺は。性欲や下心ならまだ分かる。

 篠原さんに向けない様に必死に耐えているから。でもこれは、好きという感情とは違う。単なる男としての本能でしかない。


「でも安心したよ。ちゃんと恋、出来たんだね」


「…………は? なんの、話、だ?」


「あのお姉さん、彼女なんでしょ?」


「えっ!? いや! あの人はそうじゃなくて」


 篠原さんの事を言っているのは分かった。でもさっき手を繋いでいたのはナンパ対策だ。それ以上でもそれ以下でもない。

 それに俺みたいな童貞には刺激的だが、女性と手を繋ぐ程度は本来なら大した事ではない。

 手を繋いでいたから付き合っているなんて、今時の価値観で言えば有り得ない。ただ体の関係しかない相手とも手ぐらい繋ぐんだろ?

 いや俺は良く知らないし、一哉から聞いただけなんだけど。ともかくそんな訳で、俺と篠原さんが恋愛関係にあるなんて事は無い。

 そもそも篠原さんにそのつもりがないのだから。俺の事を恋愛対象になんて、見てくれる筈がない。


「そっか、じゃあ咲人の片想いなんだね」


「……………………は?」


「私が咲人達を見つけたの、1時間前なんだよ」


 待ってくれ、どう言う事だそれは。俺の片想いって何だよ? それに1時間も前から見ていたのか?

 一体なんの為にそんな事をする必要性があるというのか。本当に分からない、夏歩の行動も発想も全て。

 ずっと一緒に居た筈の幼馴染が、全くもって理解出来ない。何を見てそう思った? 何故そんな事をした?

 この状況に混乱しているのもあるが、何よりも夏歩の事が全く分からない。


「咲人さ、気づいてないの?」


「なに、を?」


「私の前で、咲人があんな風に笑った事って一度もないの」


「は? え? どう言う?」


「あの人と居る時だけなんだよ、咲人が心の底から笑っているのは」


 そんな、筈は……だって、俺は……夏歩達と一緒に居た時も、楽しかった。別に嘘の笑顔を浮かべていたわけじゃない。

 篠原さんと一緒の時だけ? 俺が? 心の底から笑っているのが? いやだってそんな。確かに篠原さんは美人だけど、凄く残念だし。

 出会ったその日にゲロを浴びせられたし。最近は無くなったけど、平気で下着を放置するし。

 まともにゴミ捨ても出来ない人で、それなのにヘビースモーカーで不安で。だけど仕事モードの時はカッコよくて、素敵な魅力がある人で、それで、それで…………。


「これが、そう、なのか?」


「あんなに嬉しそうにしておいて、自覚して無かったの?」


「いやだって、好きになる、とか、良く分からなくて」


「えぇー初恋まであの人に取られちゃったの? それはちょっと悔しいなぁ」


 この篠原さんに対して感じている感情が、好きという感情なのか? もっとこう、暇があればその人の事を考えちゃうとかそう言う…………いや、考えているな俺。

 何かあればすぐ篠原さんの事を考えている。学校で人気の女子と話していても、何とも思わないしなんなら篠原さんの姿が浮かぶ。

 今日だって、篠原さんと居るのが楽しくて、彼氏役であったとしてもそれが嬉しくて。このままずっと手を繋いでいられたらとか、ナチュラルに考えていた。


「晩御飯は何を作ってあげようかとか、今何しているかなとか、考えるんだが?」


「めちゃくちゃ大好きじゃない。それを私の前で言う?」


「あ、いや……すまん」


「ま、だろうなと思ったよ。咲人は大人びていたからね。付き合うなら年上だろうなって」


 そう、だったのか。単に俺が年上の女性と関わる機会が少なかっただけ? だから今まで分からなかっただけ?

 何だよ、それは。人を好きになるのが分からないんじゃなくて、もうとっくに好きになっていた?

 何だよもう。意味分からねーよ。俺はそれからも馬鹿みたいに、じゃあこれは? という感じで夏歩に尋ね続けた。

 ただそのお陰か、俺達の間に出来ていた蟠りが消えて行くのを感じた。

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