第41話 恋心
ナンパ事件以降は特にトラブルもなく、お昼には
15時ぐらいからはカップルの2人に配慮して、また
ナンパ対策と称して、手を繋いでいたのはドキドキさせられた。女性とこんな風に過ごしたのは初めてだったからヤバかったな。
咲人君の将来の為、恋人繋ぎを教えてあげよう! とかいつものノリで始めるのだから困ったものだ。
今は飲み物を買いに行ってくれているので、1人になって冷静にはなれたけど。しかし将来の為に、なぁ。俺がそんな関係に、誰かとなるのかなぁ?
「
「え?」
「久しぶり」
「…………
名前を呼ばれて振り返った先には、もう口も聞いていなかった幼馴染の
何故ここに居るのかとか、いやでもプレオープンだから知人と会う可能性もあって当然かとか。
色んな思考が頭の中をめちゃくちゃに走り回る。久しぶりに再会した夏歩は、長かった髪を切っていた。
いつもポニーテールにしていたのに、今はショートカットになっていた。元々モテる方だった夏歩は、高校生になって更に美人になっていた。
「……俺なんか、無視したら良かったのに」
「そんな事はしないよ、幼馴染なんだから」
「だけど…………」
俺は漫画の馬鹿みたいに鈍感な主人公と同じ事をしたんだぞ。あんなに鈍感な男なんて、現実に居るのかよって笑っていたのに。
その俺自身がクソ鈍感なクソガキに過ぎなかった。そのせいで俺は夏歩を傷つけて、
3人がバラバラになった原因を作ったのは俺なんだ。だから今更、そんな風に声を掛けたりしなくて良いんだよ。最低最悪の男として、無視すれば良かったんだ。
「その、咲人に謝りたくて」
「……なんで夏歩が? 悪いのは俺の方だ」
「ううん、違うの。悪いのは私なんだ」
意味が分からない。夏帆の何処に落ち度があるんだよ。ただ俺が鈍感クソ野郎だっただけの話だ。
恋愛なんて全く向かない、ただの鈍感で馬鹿な男だったというオチがついて終わっただけ。
10年間も想い続けてくれていたのに、気づきもしなかった恋愛下手くそ野郎が悪かった。それ以外に何があるというのか。
夏歩の責任なんて何も無いから、謝る必要だってない。そもそも何について謝るんだ? 悪い所がない人間が謝るなんて不可能じゃないか。
「私ね、気づいていたんだ……咲人の恋愛対象が自分じゃないって」
「それは! だけど……それの何が悪いんだよ!」
「悪いよ。だって分かっていたのに、あんな事言っちゃったんだもん。ごめんね咲人」
和彦の為に俺が一歩引いていると気づいていたのか? 俺が夏歩をそう言う対象として見ていないと。でもいつから気づいていた?
いやしかしそれにしても、やっぱり夏歩は悪くないじゃないか。あの日の夏歩の主張は何もおかしくはない。
俺がただ鈍感だったという事実は何も変わらない。ただ夏歩の気持ちを理解して居なかった俺が、無駄に夏歩を傷つけただけなのは変わりない。
だから結局夏歩は悪くないという事にしかならない。謝る理由なんて、やっぱり無いじゃないか。
「あれから咲人、女の子と距離を置いたでしょ?」
「それは…………」
「私が余計な事を言ったから、咲人が恋愛をしなくなってしまったらどうしようって不安だった」
それは俺が悪かったのだから、当然の報いでしかない。俺みたいな奴に恋愛なんて出来る筈がない。
無駄に結婚願望だけはある、独り身の男として終わるに違いないんだ。そもそも好きになるという感情自体が、まだ良く分かっていないんだぞ。
そんなのでどうやって恋愛なんかするんだ。夏歩のせいでしないんじゃない、恋愛の仕方がそもそも分からないんだ。
何が好きで、何が好きじゃないのか。そこから先ず分からないんだよ俺は。性欲や下心ならまだ分かる。
篠原さんに向けない様に必死に耐えているから。でもこれは、好きという感情とは違う。単なる男としての本能でしかない。
「でも安心したよ。ちゃんと恋、出来たんだね」
「…………は? なんの、話、だ?」
「あのお姉さん、彼女なんでしょ?」
「えっ!? いや! あの人はそうじゃなくて」
篠原さんの事を言っているのは分かった。でもさっき手を繋いでいたのはナンパ対策だ。それ以上でもそれ以下でもない。
それに俺みたいな童貞には刺激的だが、女性と手を繋ぐ程度は本来なら大した事ではない。
手を繋いでいたから付き合っているなんて、今時の価値観で言えば有り得ない。ただ体の関係しかない相手とも手ぐらい繋ぐんだろ?
いや俺は良く知らないし、一哉から聞いただけなんだけど。ともかくそんな訳で、俺と篠原さんが恋愛関係にあるなんて事は無い。
そもそも篠原さんにそのつもりがないのだから。俺の事を恋愛対象になんて、見てくれる筈がない。
「そっか、じゃあ咲人の片想いなんだね」
「……………………は?」
「私が咲人達を見つけたの、1時間前なんだよ」
待ってくれ、どう言う事だそれは。俺の片想いって何だよ? それに1時間も前から見ていたのか?
一体なんの為にそんな事をする必要性があるというのか。本当に分からない、夏歩の行動も発想も全て。
ずっと一緒に居た筈の幼馴染が、全くもって理解出来ない。何を見てそう思った? 何故そんな事をした?
この状況に混乱しているのもあるが、何よりも夏歩の事が全く分からない。
「咲人さ、気づいてないの?」
「なに、を?」
「私の前で、咲人があんな風に笑った事って一度もないの」
「は? え? どう言う?」
「あの人と居る時だけなんだよ、咲人が心の底から笑っているのは」
そんな、筈は……だって、俺は……夏歩達と一緒に居た時も、楽しかった。別に嘘の笑顔を浮かべていたわけじゃない。
篠原さんと一緒の時だけ? 俺が? 心の底から笑っているのが? いやだってそんな。確かに篠原さんは美人だけど、凄く残念だし。
出会ったその日にゲロを浴びせられたし。最近は無くなったけど、平気で下着を放置するし。
まともにゴミ捨ても出来ない人で、それなのにヘビースモーカーで不安で。だけど仕事モードの時はカッコよくて、素敵な魅力がある人で、それで、それで…………。
「これが、そう、なのか?」
「あんなに嬉しそうにしておいて、自覚して無かったの?」
「いやだって、好きになる、とか、良く分からなくて」
「えぇー初恋まであの人に取られちゃったの? それはちょっと悔しいなぁ」
この篠原さんに対して感じている感情が、好きという感情なのか? もっとこう、暇があればその人の事を考えちゃうとかそう言う…………いや、考えているな俺。
何かあればすぐ篠原さんの事を考えている。学校で人気の女子と話していても、何とも思わないしなんなら篠原さんの姿が浮かぶ。
今日だって、篠原さんと居るのが楽しくて、彼氏役であったとしてもそれが嬉しくて。このままずっと手を繋いでいられたらとか、ナチュラルに考えていた。
「晩御飯は何を作ってあげようかとか、今何しているかなとか、考えるんだが?」
「めちゃくちゃ大好きじゃない。それを私の前で言う?」
「あ、いや……すまん」
「ま、だろうなと思ったよ。咲人は大人びていたからね。付き合うなら年上だろうなって」
そう、だったのか。単に俺が年上の女性と関わる機会が少なかっただけ? だから今まで分からなかっただけ?
何だよ、それは。人を好きになるのが分からないんじゃなくて、もうとっくに好きになっていた?
何だよもう。意味分からねーよ。俺はそれからも馬鹿みたいに、じゃあこれは? という感じで夏歩に尋ね続けた。
ただそのお陰か、俺達の間に出来ていた蟠りが消えて行くのを感じた。
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