第40話 お姫様(31)と騎士(16)
結局4人で来たと言うのに、
どうにか変に意識しない様に頑張っているが、篠原さんの方を見れば嫌でも水着姿が目に入る。
彼女の豊かな胸の谷間に視線が吸い寄せられそうになる度に、俺は必死で耐え続けていた。
汚部屋とアルコールから離れるだけで、ここまで大人の色気が出る人のどの辺りがおばさんなのかと今一度問いたい。
「いやーやっぱり夏はプールだね」
「ええまあ、そうですね」
「
「小学生の頃はスイミングに通っていましたから」
水泳も嫌いではないんだけど、陸上の方が楽しかったから陸上を選んだと言うだけだ。嫌いとか合わなかったわけではない。
だからこうしてプールに入る事自体は楽しいんだよな。この状況ではめちゃくちゃ緊張するというだけで。
だってなあ、これじゃあまるでデートみたいじゃないか。周りに居るカップル達も、俺達と似た様なスタイルで漂っている。
篠原さんの様に彼女らしき女性を浮輪等に乗せて、彼氏らしき男性が付き添っているんだ。これで意識するなってのは無理があるだろう。
周りの雰囲気に流されているのは分かっている。俺は篠原さんの彼氏ではない。だけどさ、これは流石にな。
「おや? アレはウォータースライダーだね!」
「ホントですね。結構凄そうだ」
「近くまで流れ着いたら行ってみないかい?」
「ええ、構いませんよ」
楽しそうな篠原さんが、輝いて見える。いつも笑っている人だけど、今日のそれは何かが違う。完全にオフな状態だからだろうか。
普段は結局、配信があるから篠原さんは半分仕事モードだ。タイミングによっては配信中の時も普通にある。
こんな風に自由に遊ぶ姿は、初めて見たかも知れない。以前に遊園地の方に来た時だって、半分は仕事の様なもの。
そうじゃ無かったのは、あの日の観覧車の中ぐらいだ。だから新鮮味があると言う事なのか?
何だかいつもと違って見えるんだよな。水着姿だとか、そんな服装だけの問題ではなく。
「そろそろ良いかな、行ってみよう咲人君」
「あ、その前にトイレ行って来て良いですか?」
「もちろん構わないとも。ここで待っているよ」
篠原さんをプールサイドに残して近くのトイレを探す。人が多い上に初めて来た場所なので、トイレに辿り着くだけでまあまあな時間が掛かった。
女子トイレほどでは無かったが、男子トイレも並んでいた。お陰でちょっとトイレを済ますだけなのに、想定以上の時間を食ってしまった。
篠原さんを無駄に待たせてしまったな。暑い中で申し訳ない事をした。別にギリギリでは無かったのだから、後回しにすれば良かったか。
などと反省しながら戻ると、篠原さんが知らない男性3人組と話している。
傍から見た感じでは、どうにも篠原さんが困っているっぽい? あれって、もしかして。
「やあ待っていたよ咲人。というわけで彼氏が来たのでこれで失礼」
「いや、そいつガキじゃ……」
「この子より魅力の無い男性達に興味はないよ! じゃあね!」
……………………いやそんな漫画みたいな展開有りかよ、っていうか。今俺は篠原さんに腕を組まれているわけで。
そうなると水着しか着ていないダイレクトな感触がね? 思わず黙り込むぐらいに衝撃的だし色々とヤバい。
それに距離が近いし何か凄い良い匂いがしてどうにかなりそうだ。でも勘違いしてはいけない、これはナンパ対策であってそう言う意味じゃない。
違うのは分かっているけど、篠原さんは今なんと言った? 少なくともさっきの男性陣より魅力的と思ってくれているのか? 篠原さんが? 本当に?
「あっ、あの。篠原さん?」
「ごめんね咲人君、彼らがしつこくてね」
「それはその、別に良いんですけど……」
「全くもう、こんなおばさんをナンパとかどんな趣味しているんだろうね?」
いえ彼らは正常だと思いますよ、美的感覚もオスの本能としても。プレオープン中のプールでナンパをするという行為が正しいかどうかはともかく。
篠原さんは慣れているのかも知れないが、めちゃくちゃ注目されているんだよ最初から。誰もが貴女を一度は見ているのではないかと思えるぐらいに。
どう見ても20代半ばぐらいの美人OLとかモデルとか、そんな風にしか見えてないと思いますよ。実年齢を知っている俺にもそうとしか思えないのだから。
「篠原さんは、おばさんじゃないですよ。20代にしか見えないし」
「ふふ、有り難うね咲人君」
「あっ! お世辞じゃないですからね!」
ちょっとは男として見てくれたのかと思えば、すぐこれなんだよな。また子供扱いだよ…………て、そっかそうだよな。
ナンパ男達も言っていたじゃないか、ガキだってさ。そうだよな、俺が都合の良い所だけ勝手に抜き出しただけだ。
良く考えたらそうじゃないか。ナンパ男達よりも、こんなガキの方がマシだと篠原さんは発言しただけだ。男として魅力的だなんて、一言も言われていない。
本当に馬鹿だなぁ、あの程度の事で一喜一憂するなんてさ。だからガキなんだろうな。俺は葉山さんみたいに、スマートに女性を扱えたりしないし。
「ああ、違うよ。子供扱いしたんじゃなくてね。本当に嬉しかっただけさ」
「え?」
「君が本気で言ったかどうかぐらい、流石に分かるからね」
何だ、ちゃんと受け取ってくれていたのか。てっきりまた子供扱いされたのかと思ったよ。…………あれ?
ならやっぱりさっきの出来事は、1人の男性として評価してくれたと言う事なのか? そこはちゃんと喜んで良い所なのか?
少しぐらいは、認めて貰えたのだろうか。単なるバイトの高校生じゃなくて、東咲人という1人の男として。
もしそうなら、俺もちゃんと成長出来ていると思っても良いのだろうか。あの頃の様に、女心が何も分かっていなかったクソガキから前に進めたのか?
「本当に助かったし、嬉しかったよ」
「…………なら、俺が今日は彼氏役をやりますよ。またナンパされない様に」
「ハハハ! これは頼もしいね。よろしくね、ナイト様」
そう、あくまで彼氏役だ。篠原さんがナンパされない為の弾除けだ。例えそれだけだったとしても、今日一日は俺がその役割を果たそう。篠原さんという、お姫様を守る騎士として。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます