第38話 テスト明けの家事代行

 色々と悩んだ結果ジム通いを始めた俺だったが、そもそも先ずは前期の期末テストがあった。

 楽しいトレーニングの日々とはいかず、テスト勉強をせねばならなかった。体育は全般が得意だが、勉強の方は可もなく不可もなく。

 まあまあな出来でまあまあな結果となった。出来なくもないが出来るとも言えない。それが俺の成績だった。

 結局は大学もスポーツ推薦を狙うつもりだからこれで良い。しかしこの状況は何も良くない。


「ちょっと来なかっただけで、こうなりますか?」


「たはは」


「笑い事じゃないですから」


 恐ろしいよ俺は。篠原しのはらさんの散らかす才能が。もし部屋を散らかす大会があったら、篠原さんは世界を狙える。

 おかしいだろう、1週間ちょい来なかっただけでこの有様は。ジェンガでもやろうとしたのかと、つい聞きたくなる空き缶の山。

 だから飲まないなら捨てなさいと言いたくなる、飲みかけのペットボトル達。畳みもせず放置された中華屋の餃子の空箱。

 出前で頼んだピザの箱が油でふやけている。本当はこんな事を言いたくはない。良い歳をした女性の部屋に向かって言うべき事ではない。

 それは分かっている。俺もノンデリ正論パンチはしたくない。でも言わせてもらうか、今日ばかりは。


「篠原さん、臭いです」


「ボクが臭いみたいに言わないで!?」


「いや、まあ似た様なものかなって」


「違うからね!? 部屋かボクかでだいぶ意味が違うよ!?」


 分かっているなら片付けたら? 篠原さんを良く知らない人ならそう言うだろう。だけどね、敢えて俺が代弁しよう。

 出来たらやっているんだよと。出来ないんですこの人は。それが出来ないからこの惨状なのだよ。分かるか? 俺の気持ちが。

 ちょっと憧れに似た感情を抱いている美人が、10日でゴミ屋敷にしているのを見た時の気持ちが。

 テストも終わって良い気分でドアを開けたらゴミの山だ。ああ……こういう人だったなと冷静にさせられるんだ。


 敢えて触れずにいたけど、流石にもう伝えるしか無かったんだ。だって臭いんだよ部屋が。

 本人に自覚があるのか無いのか知らないけどさ。もし万が一この状況で篠原さんに迫られたとしても、ちょっと待って下さいとストップを掛ける。

 悪いけど美人ならどんな環境でも、とはならないんだよな。この環境でエロい雰囲気になれるのは異常者だけだ。


「はぁ……残念過ぎる」


「残念は酷くない!? 片付けられないだけだから!」


「だいぶ厚めのオブラートに包んだのが『残念』と言う評価です」


 ストレートに表現したらだよ。そろそろ篠原さんに慣れて来たなと思ったけど甘かった。

 まだまだ彼女の本領を把握していなかった。もしかして初めて会ったあの日は、家事代行が来た4日後ぐらいだったのか?

 もしやそれが真実なのではないかと疑ってしまう。ここまで汚いとさ、脱ぎ散らかした篠原さんの衣類とか何とも思わない。

 もうね、それらでドキドキ出来るラインを超えているんだよ。今なら篠原さんが脱いだ後の下着を見ても心は凪いだままだ。

 それぐらい酷いんだよ、色々とさ。気温も高くなって来るとさ、匂いに関してはより一層酷くなるわけでね。


「良く平気ですよね」


「そこまでかなぁ?」


「あっ、もう嗅覚がおかしいんだ」


 もう色々言っていても仕方がない。これは大仕事になりそうだ。父さんには今日は遅くなるからと、先に連絡を入れておかないと。

 晩飯は適当に食べてくれ、これはもう3時間は掛かるだろう。洗濯等も全部含めたら、4時間コースかこれ。

 しかも今日は月曜日で、空き缶の回収は木曜日だ。この大量の空き缶は、一旦ベランダにでも保管するしかない。

 燃えるゴミはまとめて一階のゴミ置き場だが、結構な物量になってしまう。全部は流石に迷惑過ぎるので、仕方ないからうちで捨てるゴミとして一部は持って帰ろう。

 これは甘く考えた俺が悪いな、ここまで散らかすとはね。凄いよもう、ゴミだらけだもん。


「そんな残念な人を見る目でみないで……」


「ええ、今俺は残念な生き物を見ていますからね」


「人ですらない!?」


「とりあえず片付けます」


 ある意味では期待を裏切らない人だ。頼むからそろそろ裏切ってくれ。この上げて落として上げて落とすのをやめて欲しい。

 俺の情緒がジェットコースターより激しい乱高下を繰り返している。女性に振り回されるって、絶対にこういう意味ではないだろ。

 もっとこう、甘酸っぱい何かがあるべきだろ。物理的に酸っぱい匂いを嗅ぎたいわけじゃないだろ。

 何かこうさ、あるじゃん? 薔薇色とまでは言わなくとも、綺麗な花びらが舞う様な空気みたいなさ。

 ここに漂っているのはアルコールと吸い殻とゴミが混ざった匂いだけだ。


「ま、まあそのお詫びも兼ねて、良い所に連れて行ってあげよう!」


「何ですか?」


咲人さきと君を新しくオープンするプールにご招待だよ!」


「………………は?」


 いやだから俺の情緒をどうしたいんだよこの人は。この状況から篠原さんとプールだと? 温度差が激し過ぎるだろう。

 アラスカから赤道直下にワープしたのかと思ったよ。何だこの嬉しいんだか嬉しくないんだか分からない感じ。

 頼むから、貴女は出来るだけ普通にしていて下さい。是非とも普通で平凡な生活をして下さい。

 それが俺の心からの願いです。そうしたら俺ももう少し、ストレートに喜ぶ事が出来ますから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る