第36話 放課後の一幕

 と言うわけで、ジムの無料体験をする金曜日がやって来た。やや浮ついているのは否めない。何かこう、ジム通いって響きが良いよな。

 サッカーで言う所の、クラブサッカーみたいな。学校のサッカー部じゃなくて、クラブだからってちょっとカッコイイし。

 何がどうってわけでも無いけど、何となく体育会系ってそういう空気があるんだよな。学校の外部でやっていると凄いみたいな。


「何だよ咲人さきと、楽しそうだな」


「いや、まあちょっとな」


あずま君、何か良い事でもあったの?」


 一哉かずや澤井さわいさんと俺、最近はこの3人で帰る事が多い。タイミングが合えばバレー部の霜月しもつきさんや野球部の陽介ようすけ、サッカー部の雄也ゆうやなども一緒になって駅まで歩く。

 乗る電車の方向は2人とは逆だけど、駅までは一緒なので別々に帰るのも変な話だしな。

 それなりに交流がありクラスメイトで部活も一緒、それなのに他人行儀に微妙な距離を取る意味が無い。

 どうせ同じ方向に歩いて行くのだからと、このパターンに落ち着いた。あのカラオケ以来、澤井さんとも結構仲良くなれたのもある。


「何だよ? 隠すなって」


「別に隠してるわけじゃないけど」


「何なの? 教えてよ東君」


「単に今夜ジムの無料体験に行くだけだよ」


 それが今朝から楽しみだったというだけだ。別に何か特別良い事があったとかではない。

 最新のトレーニング機器を使えるんだぞ? それでワクワクしない体育会系なんて居ないだろ。

 どんなトレーニングが出来るのかとか、ランニングマシンはどんな感じだろうとか。学校にもトレーニングルームはあるけど、ぶっちゃけショボい。

 何年前の代物だよって器具しかないし、ランニングマシンなんてそもそも無い。部屋も狭いし種類も少ないと来ている。

 使えなくもないけど、あんまり心は躍らないんだよな。重量挙げモドキみたいな勝負を仲間内でやったりするのは楽しいけどさ。


「へぇ〜! 東君どこのジムに行くの?」


「近所にある『シルバージム』だよ」


「マジか、どんな感じか後で教えてくれ」


「私も聞きたいな」


 そりゃあ2人も体育会系だし、気になるよなやっぱり。大人だったらあちこちジムを転々としたり出来るだろう。

 だが俺達の様な高校生はそうもいかない。そんな時間的余裕も資金的余裕もないのだ。それに通うとなれば基本的には親を頼る事になる。

 そんなあっちこっち行かせてくれはしないだろう。だから必然的に、こうして経験した者の感想は貴重なんだよ。


 実際俺の周りでジム通いをしている友達は居ない。習い事みたいなものだし、安くもないし当然の話だ。

 そんな簡単に通おうと思って通えるものではない。部活の合間に利用するわけだから、親の反対が先ず障害となるだろう。

 本当に続けるのか? とか、月にそんな回数しか行かないなら無駄だろうとか。まあ大体はそんな意見を言われるだろう。


「無料体験の話で良いなら」


「てか俺もやろうかな」


「私は家の近くに無いんだよね」


 澤井さんの様なパターンもある。家から気軽に通える距離にあるかどうか。これは非常に大きなポイントだ。

 わざわざ遠くまで行ってトレーニングをする。そこからまた家まで帰るのはちょっと面倒臭い。

 じゃあ帰りはバスに乗ろうとかするとまたお金の話になるわけだ。一応美羽みう駅前にも幾つかジムがあるけど、女子的には一汗かいた後に電車には乗りたくないだろう。

 大体どこのジムでもシャワーがあるらしいけど、それでは着替えを持ち歩く手間が増えてしまう。

 男子なら制汗スプレーだけで良いかと思えなくもないけど、女子はまあ嫌だろうしなぁ。とまあ高校生のジム通いは色々と障害があるわけだ。


「近所に無いのは辛いよね」


「東君ってどこに住んでるんだっけ?」


高田たかだ町だよ」


「良い感じなんだったら私も通おうかなぁ」


 そう言えば澤井さんってお嬢様と言うか、お金持ちだっけか。じゃあジム通いぐらい余裕か。って、それにしても何故わざわざうちの近所まで?

 それなら美羽駅前にもシルバージムは……ってそうか。女の子1人で行くのは不安だよなぁ。

 詳しくは知らないけど、ジム通いの女性をナンパする奴も居るらしいし。何をする為にジムに行っているんだと腹立たしい限りだ。

 トレーニングを何だと思っているのか。ナンパの道具に使うなんて許されない。そう考えると澤井さんは結構危ないかも知れない。


 女子高生だし美人だし、不埒な輩に目をつけられるかも知れない。それなら男子の友人が居る所の方がまだ安心だろう。

 最近では女子数人のグループにも平気で声を掛けに行く奴もいる。それはジムでは無かったけど、SNSで見た事がある。

 そう言う事なら協力するのも吝かではない。それにこの場合は交通費が幾らか削減される。

 美羽駅から俺の住む高田町までの交通費だけで良い。美羽駅から先は一哉達が持つ定期の範囲内なのだから。


「そっか、女子1人だと不安か」


「そうなんだよね〜東君なら安心感あるし」


「おいおい何だよ、俺だけ仲間外れか?」


「あ、そうか。一哉も一緒なら帰りの電車も安心じゃない?」


 意外と悪くないプランかも知れない。もちろんちゃんと親の許可を取るのが大前提にあるけれど。

 もしこの3人でジム通いをするのであれば、それはそれで楽しいだろう。まだ俺自身通うとは決めてはいないけど、今朝よりは前向きに考えている。

 もちろん合わない感じだったらやめておくけど。ただ割高なだけだったら、通う意味はあんまりない。その辺りをこれから、しっかり見極めに行こうと思う。

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