第35話 ジムって楽しそうだよね

 せっかくの祝勝会で、俺は寝てしまい半分以上の時間を無駄にしてしまった。間違えてお酒を渡してしまった篠原さんからは、久しぶりに綺麗な土下座を頂いた。

 それはまあもう良いとして、俺も気づけよと言うのが正直な感想だ。そしてコップ一杯で寝てしまったのもダサいなと。

 父さんが酒好きだから俺も強いのかなと、勝手に思っていたけどそうではないらしい。何と言うか、凄く微妙な空気の祝勝会だった。

 とは言え気を取り直して、日曜日を挟んでの月曜日。本日も家事代行のバイトに精を出している。


「あれ? 珍しく下着が落ちてない」


「ま、まあボクもね、やる時はやるのさ」


「じゃあ毎回そうして下さいよ」


 いつもはリビングか寝室辺りで、ほぼ必ず下着が放置されていた。それが今日は珍しく綺麗に片付いていた。

 落ちていないという事は全部洗濯ネットの中にあるという事になる。もちろんわざわざ開けて確認なんてやらないから予想に過ぎないけど。

 乾燥や収納は全て篠原さんに任せているので、思春期の男子高校生に対する劇物は無事回避出来た。

 最近はちょっと見慣れ始めていたので助かった。嫌過ぎるだろう、高校生で女性の下着を見慣れている奴。

 高確率で変態かスケベ野郎だ。女子に知られたらドン引きされてしまう。


「今日は何が食べたいですか?」


「そうだねぇ〜〜カレーの気分かな」


「分かりました」


 篠原さんの食の好みだけど、案外子供っぽい所がある。住んでいるのは高級マンションだけど、食事はわりと庶民的だ。

 俺がバイトを始める前は、牛丼屋の入れ物とか落ちていたしな。わりとジャンクな食生活だったみたいだ。

 そのわりにスタイルが良いのは結構な謎だ。俺が学校に行っている間に、ジムとか通っているのかな。有名なジムの会員証が落ちていたのを見た事があるし。

 ただ体型に関係する事とか、あんまり女性に聞かない方が良いよなぁ? 地味に気になっているから、聞いてみたくはあるんだよな。

 それにトレーニングとか好きなのであれば、そっち関係の話もしてみたい。ジム通いに興味があるんだよ。


「あの……篠原さんてジム通いとかしてます?」


「定期的に行っているけど、良く分かったね?」


「いやその、会員証があったので」


 怠惰に見えて案外マメな所もあるらしい。そしてだらしない生活のわりに、スタイルが良い理由が判明した。

 何と言えば良いのか、篠原さんのやる気スイッチって複雑だよなぁ。いやある意味ではストレートとも言えるんだけど。

 面倒臭いと感じた事はやりたくない。その面倒臭いで処理されない事はちゃんとやるんだよな。やれば出来る子みたいな感じだ。

 そこがまた残念さを感じさせて来るのが何とも言えない。とりあえずその点については一旦置いておこう。それよりも聞きたいのはジムの話だ。


「実際どうなんですか? 『シルバージム』って」


「ボクも詳しいわけじゃないけど、利用者は多いね」


「料金がちょっと高いんですよね」


「高校生から見ればそうだろうねぇ」


 篠原さんの家からも近いという事はうちからも近いという事。そんな高田たかだ駅前にある『シルバージム』は全国展開している有名なジムだ。

 雨で部活が無くなった時とか、そもそも休みの日とかに利用したい気持ちはある。ただ利用料金が学生から見るとやや高い。

 篠原さんの家でバイトをしているので、そこだけ見れば払えるんだけど。でも貯金しておきたい気持ちもある。

 だから凄く悩ましいんだよな。父さんに頼るのもなぁ、何の為にバイトを始めたんだよって話だし。


「無料体験とかしてみたらどうだい?」


「あぁ〜〜何か1人で行くのはどうも不安で」


「じゃあ一緒に行く?」


「え? 良いんですか?」


 1人だけで行くとそのまま流れで、考えなしに登録してしまいそうで不安だったんだよな。本当に必要かどうか考えたいし、知り合いの大人が一緒というのは心強い。

 私生活はアレだけど、外ではしっかりしている篠原さんだ。同行者としてはかなり頼りになる。

 特にお金が絡む話だから、大人の意見も聞きたいし。ジムの人に聞いてもなぁ、答え辛いだろうし。

 高校生相手に、サービスを提供する側がコスパの話なんてやり難いだけだろう。その点、篠原さんは利用者だしジムの関係者でもない。


「えっとね〜次にボクが行くのは金曜日の夜19時だね」


「じゃあ、お願いしても良いですか?」


「良いよ~予約の取り方教えるね」


 篠原さんに教えて貰い、スマートフォンで無料体験の予約を取る。思い切って聞いてみるものだな。

 そのお陰でジムデビューをする切っ掛けになった。前々から気にはなっていたので、良い機会になるだろう。

 駅伝の本戦もあるし、高校生活はまだまだ続く。この3年間でどこまでアスリートとしてやれるか、その挑戦にも繋がる。

 己を鍛えて、どこまで行けるか。俺が辿り着く頂きはどこにあるのか。その為の新たな一歩になるのだろうか。


「ふふ、男の子だねぇ」


「え? 何がですか?」


「鍛えるぞー! って顔をしていたよ」


「そ、そうですかね?」


 そんなに露骨に表情に出ていたのだろうか? お陰で少し恥ずかしい思いもしたけど、金曜日の夜が楽しみになって来た。

 最新のランニングマシンとか、使ってみたかったんだよな。きっと楽しくトレーニングが出来るのだろうな。

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