第34話 咲人の本音?

 さあ本日は待ちに待った咲人君の祝勝会だよ。いつもは夕方に来ている咲人君が、土曜日のお昼から家に居る状況は新鮮だね。

 咲人君と知り合ってからまだ2ヶ月ぐらいだけど、彼がここに居て当然の様な気がしている。

 まるで何年も一緒に居たかの様な、そんな気がしてしまう。そんな事を言える程に、彼の事を知らないというのに。


「じゃーん! どう? 美味しそうじゃない?」


「こんなメッセージプレートまで、ありがとうございます」


「良いって事さ! たはは〜」


 ネット注文だったけど、中々に良さ気なケーキで良かったね。2人だけだから小さいサイズで、シンプルな苺ショートのホールケーキにした。

 見た目はシンプルだけど、この辺じゃ有名な洋菓子店の物。決して安物ではないんだよね。

 そんなちょっと良いケーキの真ん中には、チョコレートで出来たメッセージプレートが乗っている。

 そこには『咲人君予選突破記念!』とデカデカと書かれていた。今更だけど、何だか競馬のレース名みたいだったかな?

 まあ意味が伝われば良いよね、どうせ食べちゃうんだから。美味しく食べて美味しくお酒が飲めれば問題なし! まあもう飲んでるけどね。


「咲人君、コーラで良いかな?」


「良いですけど、コーラなんて有りました?」


「ボクの好きな海外のヤツなんだ〜今朝届いたんだよ」


 流石に今日は咲人君のお祝いだからね、その辺りの用意はボクがちゃんとやろう。祝って貰う側が給仕をするなんて、意味が分からないからね。

 今日の主役は咲人君なのだから。それに幾らボクが家事スキルが乏しいと言っても、届いた料理を並べたりお皿に乗せたりぐらいは出来る。

 ましてジュースをコップに注ぐぐらいは簡単だ。そんなの多少酔っているぐらいで、急に出来なくなったりはしない。

 事前に入れておいた冷蔵庫から、缶ビールと海外製のコーラ缶を取り出す。お祝いの時ぐらいは、ちゃんとグラスで飲む方が良いよね。


「咲人君は氷入れる派?」


「そうですね」


「オッケー!」


 グラスに2人分の飲み物を注いでキッチンからリビングへ戻る。多少うっかりしている所があるボクだけど、ビールとお茶を間違えたりしない。

 水と日本酒を間違えるなんてベタなミスもしない。ビールとコーラなんて間違えようが無いんだ。完璧なチョイスだよね。

 あとオススメのメーカーを咲人君に布教する意味もある。日本製のコーラも嫌いじゃないけど、海外製のコーラも良いんだよね。

 ちょっと薬っぽい風味というか、変わった味なのが良いんだよね。慣れてくると癖になると言うか。是非とも咲人君もこちら側に来て欲しいよね。


「これ、ちょっと変な匂いしません?」


「あぁ〜ちょっと匂いが独特だね。でも飲むと結構美味しいよ」


「そうなんですか」


「では早速、カンパーイ!」


 咲人君の全国での活躍を期待して、という感じかな。実際に予選でも区間2位という好成績を彼は残している。

 マラソン選手として、将来に期待出来るよね。もしこのまま、咲人君がその道に進めばいつかは。

 ボクなんかでは手の届かない存在になるのかも知れない。世界を舞台に駆け抜ける有名なマラソンランナーになったりして。

 そんな彼を、遠くから応援するただの人になるのかな。料理人も興味があると言っていたけど、どの道を選ぼうともきっと輝かしい未来が待っているだろうね。

 料理の腕も選手としても、咲人君は素晴らしいものを持っているのだから。


「これだけ活躍したんだし、学校ではモテモテなのかな?」


「俺がですか? 全然ですよ」


「え〜〜そうなの? 皆見る目が無いのかなぁ?」


 そんな筈は無いんだけどねぇ。まだアクションを起こしていないだけなのかな? 最近の若い子はボクが若い頃とは違うからね。

 価値観が違うのか好みの問題か。どう見ても彼は優良物件でしかないのにね。家事スキルが高くて誠実で真面目だ。

 見た目も結構整っているし。何よりも、いやらしさが無いのは大きいよね。あの下心がありますよって分かるネットリ感がない。

 男性は理解していないみたいだけど、ボク達女性からすればすぐ分かるんだよね。あの性欲がだだ漏れた視線は。もう少し隠せないものかなぁ。


「……篠原さんから見たら、俺はアリなんですか?」


「え? そりゃあアリだよ。同級生に居たら先ず目をつけるよね」


「本当に、そう思いますか?」


 ん〜〜これはアレかな? 好きな女の子が居て、だけど自分に自信がないみたいな? はぁ〜〜〜青春だねぇ。

 そりゃあ本人には聞けないよね、俺は恋愛対象になるのか〜? なんてさ。男の子だねぇ〜アオハルってヤツですか。

 今の若い子達って、どうやって告白するんだろうね? やっぱりスマートフォンでメッセージ?

 それとも今も学校の人けが無い場所に呼び出すとか? 羨ましいよね、こんな男の子に告白されるなんて。

 そう、彼の相手はちゃんと学校に居るんだよ。それが当たり前の話なんだよ。


「じゃあ何で、いつも平然としているんですか?」


「えっ? いつの間にっていうか咲人君!?」


「なんですか?」


 気付いたら咲人君が真横に居たのも驚きだけどさ、君なんか目が据わっている様な…………ん?

 若干咲人君からアルコール臭が……そんな筈がない、だってボクはちゃんとコーラを入れた筈で…………あ。

 キッチンにある空き缶に、非常に見覚えがある。そう、ボクが好きな海外メーカーのコーラに良く似たデザインの、日本製のストロング系コーラが。

 色が似ているから間違えない様に、別の所に置いた筈。あれ? 違うっけ? どうしたっけ? というか今はそれどころでは無い。


「あ〜咲人君、その、ごめんボク間違えてチューハイ入れちゃったみたいで」


「またそうやって子供扱いですか? コーラとお酒を間違える筈ないでしょ?」


「そ、そうじゃなくてね! 子供扱いとかじゃわっ!?」


 この前とは真逆で、ボクの方が咲人君の下に居る。アルコールで上気している咲人君の顔が、すぐそこにある。

 これは非常によろしくない。アルコールに酔って、自分がおかしな行動に出ている自覚が咲人君にはない。

 こんな状況で何かあっては、取り返しのつかない心の傷を負わせてしまう。学校に居る好きな女の子と、ボクを間違えているのだろうか?

 ちょうどそんな話をしていたからね。だから駄目だよ、君の大切な経験はその子の為に残しておかないと。


「俺はいつもドキドキさせられるのに、不公平じゃないですか」


「そ、それはボクじゃないでしょ? ね? 君は相手を間違えているから」


「篠原さんの話ですよ! まだ分からないならこうです」


「ちょっ!? 駄目だよ咲人君!」


 まるでキスでもするかの様に、咲人君の顔が更に近付く。絶対にそれは駄目だ、彼の人生に消えない汚点を残してしまう。

 きっと彼の好きな……いやでもボクの話って分かっていて言っている? そんな筈がない、咲人君からしたらボクは15歳も年上のおばさんだ。

 でも今咲人君はボクの名前を言っていた。いや違う今はそんな事を考えている場合ではない。何とか耐えているけど、ボクの腕力では敵わない。

 この前の事で分かったけど、咲人君はかなり体を鍛えている。このままでは力で押し切られる! 駄目だ! このまま咲人君と、キスしてしまうわけにはいかない!


「咲人君!」


「…………すぅ」


「あ、あれ? 寝ているのかい?」


 何とかなった、のかな? 完全に寝てしまっているらしい。とりあえずそれは良かったけど、彼の行動と発言は本心なのだろうか?

 いやいや……そんな筈がない。咲人君がボクに異性としての興味を? いやまさか、そんな事は有り得ない。

 だからこの話はこれで終わりなんだ。目を覚ました彼が覚えていなかったら、ボクもこの事は忘れよう。

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