第33話 咲人が見た夢
その日、
過去に経験した出来事を、忘れない様にする意味があるという説もある。確実にこうだと言い切れる説は未だなく、今も研究が進められている。
そんな科学的な根拠については兎も角、咲人の見ている夢は続いている。それはまだ咲人が中学生だった時の記憶。
かつて現実に起きた過去の再現。咲人が通っていた、
「ほら、言っちゃえよ」
「押すなよ咲人!」
まだ14歳だった咲人がそこには居た。ごく普通の真っ白な校舎に、有り触れた机と椅子が並ぶ教室。
放課後のまだ明るい時間に、咲人とその親友である
その女子生徒は
野球部に所属している大柄な生徒、和彦と比べると彼女はやや小さく見えた。咲人と和彦、そして夏歩は保育園の頃からずっと一緒に過ごして来た幼馴染でもある。
仲良し3人組として、昔から関係が続いていた。だから咲人は知っていた、和彦が昔から夏歩の事が好きだと言う事を。
「あ〜その、夏歩」
「どうしたの? 今更改まって」
「いや、まあその……」
体育会系男子のグループでは、和彦の気持ちを知っている者が多い。それが何かの切っ掛けで、和彦に告白をさせる計画が出来た。
当然ながら和彦を応援して来た咲人としては、反対する理由など無かった。保育園から小学校、そして中学生になるまで咲人は2人を見て来た。
明るくて可愛い夏歩と、肝心な所で押し切れない不器用な和彦。そんな2人の関係性は決して悪いものでは無かった。
どう見ても良好な関係であり、夏歩も憎からず思っているのは間違いない。咲人から見てもお似合いの2人で、付き合うというなら心から祝福するつもりだった。
咲人はこれまでにもそれとなく、2人きりになる様に仕向けたりもしていた。本格的に交際となるならば、邪魔にならない様にしようと決めていた。
しかしそれは、あくまで咲人と和彦から見た景色に過ぎなかったのだ。
「昔から俺、夏歩の事が好きだったんだ」
「え……」
「その、付き合ってくれないか?」
勇気を出して告白をした和彦は、期待と不安を胸に夏歩を見る。突然の告白に驚く夏歩は、呆然と2人の幼馴染を見る。
さあ後は夏歩が答えるだけだと、親友の背中を押して満足気な咲人。この時の咲人は、分かっていなかったのだ。女の子の気持ちというものを。
まだまだ女心を知らぬ少年は、自分の勘違いに全く気づいていなかった。恋愛とはそんなに簡単なものではないと。
それは3人ともが未熟であったが故に、起きてしまった悲しいすれ違いだった。
「何で……そんな顔をしているの? 咲人?」
「え? 何が?」
「どうして私が陸上部を続けて来たか、まだ分からないの?」
「…………え?」
夏歩はずっと、咲人の事が好きだった。和彦の事は嫌いではないが、あくまでも幼馴染で友人だった。
夏歩が自分の気持ちを、ちゃんと咲人に伝えなかったのも悪かった。夏歩が陸上部に所属し続けてきたのは、咲人と一緒に居る為だった。
昔から走るのが得意で、陸上が好きだった咲人を追い掛けただけ。もちろん夏歩とて、自分なりに部活を楽しんでもいた。
それでも所属する主な目的が、そもそも咲人とは全く違う。陸上がしたいという気持ちより、咲人と共に居たいという気持ちの方がずっと大きかった。
その事に気付けなかった咲人にも責任はあるが、しかしまだ中学生の身。大人の様にスマートな対応を求めるのは酷だ。
「私はずっと、咲人が好きだったんだよ?」
「う、嘘だろ? だって、そんな……」
「…………」
自分の事は恋愛対象じゃなかった。その事実を知った夏歩は一筋の涙を流す。そして自分の勘違いに狼狽える咲人と、思わぬ事態に絶句する和彦。
結局この気まずい一幕から、3人の関係は変わっていった。何となく上手くいかなくて、以前の様な空気には戻らない。
誰が悪いわけでもないから、お互いに恨むわけにもいかず。徐々にお互いの距離が開いていく。
仲良し3人組はいつの間にか、修復不可能な程の溝が出来上がっていた。そうして2年生の冬に、夏歩は陸上部を辞めた。
「っ!? ……どうして今更こんな夢を」
7月が近くなり、夜でもそれなりに暑い日が続いていた。それ故か、それとも嫌な夢を見たからか。
早朝に目を覚ました咲人は、ぐっしょりと寝汗をかいていた。思わず飛び起きた夢の内容は、かつて咲人が失敗した過去の記憶。
恋愛というものが分からなくなった日。友人関係が壊れて行った経験から、少し苦手意識を持ってしまった男女の関係性。
自分が女心に疎くて、拗れてしまった幼馴染達。それから咲人は、積極的に恋愛には関わらない様にして来た。
自分にまともな恋愛が出来るとは思えなかったから。10年も一緒に居た女の子の、その好意にすら気づけなかった事。
それは咲人の心に深く突き刺さった楔だ。こんな奴に、恋愛なんて出来るわけがないと思わせ続けて来た。
「本当に、今更だよな……」
咲人と和彦と夏歩は、それぞれ進学した高校が違う。和彦は野球の強豪校へ、夏歩は女子校へと進学した。
バラバラとなった3人に、今更やり直す理由はなかった。では何故今になって、こんな夢を見たのか咲人には分からなかった。
脳細胞のいたずらか、それとも別に何か理由があるのか。今回もまた、咲人には理解できていなかった。
人を好きになるという事は、コントロールなど出来ないという現実を。
咲人の心に残った楔が、消えかかっている事に本人はまだ気がついていない。
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