第32話 祝勝会をやろう!
「
「あの、それよりもう大丈夫なんですか?」
「大丈夫さ! 慣れているからね!」
大人の女性が吐く事に慣れているのは何か嫌だな。乗り物酔いとか仕方のない理由ならともかく。
何とも言えない内容を自慢気に話す篠原さんは、どうも俺が予選を突破出来た事を本格的に祝いたいらしい。
と言う名目で酒を飲みたいだけでは? と言う思いと、配信以外でも祝ってくれるのかと言う喜びの気持ちがある。
家族でもクラスメイトでも無い人から、祝って貰うのは初めてかも知れない。入学式などの式典でなら経験はあったけど。
「祝って貰うのは嬉しいですけど、良いんですか?」
「もちろん構わないさ! 今週の土曜日にでもやろう」
「土曜日は……空いていますね」
駅伝の予選に出場したばかりなので、今週末の部活は休みになっている。これは俺達部員の休養もあるが、顧問の教師の為でもある。
文化系の部活動に比べると、体育会系の部活動は顧問が多忙になりがちだ。教師のハードワークが問題視されて以降、学校によって土日の部活動は様々だ。
うちの場合は土日のどちらかが休み、又は両方が休みだ。最近は地元のスポーツトレーナーを土日だけ呼ぶ、と言う方法も検討されているとか。
それについては、来年から試験的に導入されるという噂も出ている。本当かどうかは知らないけど。
「ケーキとか買って来よう!」
「そこまでしなくても」
「駄目だよ咲人君、こう言うのはちゃんと祝うべきだよ」
楽しい事が優先だと言う生き方の、
残念だけど美人な大人の女性と、2人だけの祝勝会。そう言うので良いんだよな。健全で良い想い出になりそうなイベントだ。
ちょっとエッチな少年漫画の様なハプニングは必要ない。少しだけ心が満たせる様なもので良い。
こうして篠原さんと過ごして来て、憧れぐらいは抱き始めてはいる。恋人になりたいとか、そんな身の程知らずの欲望ではなく。
いつか男として認められたい、その程度のもの。大体こんな日々を過ごして、その程度すら抱かない男は少ないだろう。
これだけ美人な女性なんだ、色々残念な所があるとしても。異性としての魅力すら感じない程、俺は枯れていない。
「残念ながら料理を作る事は出来ないけど、代わりに美味しい物を買っておくよ」
「程々で構いませんからね? そんな全国優勝したわけでもなしに」
「その時はまたやれば良いんだよ!」
お祭り好きだよなぁ本当に。だからこそ配信者として成功出来るんだろうけど。騒がしいのは苦手ですって人がやる職業ではないと言えばそうなんだけど。
それにしても、全国でも良い成績を残せばまた祝ってくれるらしい。それは個人的な楽しみが増えたな。
もちろんそれが主目的ではないし、自分1人だけで得られる結果ではない。今回だってそうだ、俺1人だけで出した成果ではない。
先輩達の活躍もあってこそだ。出場した7人全員で勝ち取った全国への切符。それはちゃんと理解している。
「咲人君はどんなケーキが好きかな?」
「ケーキですか? うーん……特に拘りとか無いんですよね」
「じゃあボクの直感で選ぶとしよう」
そう言いながら篠原さんはスマートフォンを操作していく。システムキッチンから篠原さんを眺めながら、最近俺の中に生まれた感情について考える。
こんな風に、篠原さんの為に料理を作る事に特別感を感じている。先日の調理実習で気付いた事だ。
クラスメイトと一緒に作った時とは明らかに違う感覚がある。もし母親が生きていたら、俺に姉が居たら、こんな感じなのだろうか。
そんな事をここ数日の間に考えている。友達とはまた違う、独特の距離感。それが心地良いと感じているんだ。
「塩焼きそばとソース焼きそば、どっちが良いですか?」
「ん〜〜塩!」
「了解です」
リビングのソファーでうんうん唸りながら、ケーキを選ぶ姿が何だか子供みたいで面白い。こんな仕草もするんだなと、気付かされる事が沢山あった。
篠原さんと知り合って、そろそろ2ヶ月が経とうとしている。そんな中で見つけた様々な表情。
二日酔いでグロッキーだったり、ほろ酔いの状態だったり。先ず基本的に酒が絡むので、素面の時がそんなに無いのが彼女らしいと言うか。
仕事モードの真面目な時も、何度か目にした事もある。そんな篠原さんの魅力を、俺は知っているという事に少しだけ特別感を感じている。
美人の姉がいるみたいな、多分そんな感じの。その手のちょっとした優越感に似た感覚がある。
「紅しょうが入れます?」
「うん! お願い〜」
実はちょっとだけ考えた事がある。もし父さんが再婚して、義理の姉が出来たらどうなるかと。
ドラマや漫画にも、そんな展開は有り触れているわけで。だから俺だって、それぐらいは考えたりする。
綺麗な義母と、美人な義姉。そんな男子中学生の妄想みたいな、朧げなイメージをした事ならそれこそ中学時代にある。
まあ父さんは再婚しなさそうだし、先ず有り得ない未来なんだけど。ただそんな妄想の疑似体験みたいな、今の状況を楽しいと感じている。
ただバイトをしているだけなのは分かっている。ずっとこのままは無理だとも。だけどこの篠原さんとの日々を、出来るだけ満喫したいなと今は思っている。
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