第28話 夏の駅伝 県予選
そして迎えた日曜日、駅伝大会の県予選。地区大会とも言われる大切な日がやって来た。この大会では7人で42.195kmを走る事になる。
今年は去年と区間の配分が変わっている。1区が10kmで2区が4km、3区が7.1075kmで4区が7.0875kmで5区が4kmだ。
変更されたのは3区と4区からそれぞれ1km減らし、2区と5区に割り振られている点だ。残る6区は5kmで7区も5kmとなっている。
このうち2区が俺の担当となっていて、3年生の先輩からタスキを受け取り、2年生の先輩にタスキを渡す形だ。
俺は序盤のペース作りをする重要な役割を担う事になる。正直言って、結構緊張している。高校の駅伝大会となると、結構な大舞台だ。
県立総合運動公園の中にある、陸上競技場の入り口付近で空を見上げる。本日は晴天で、天候には何の問題も無い。後は実際に走るだけだ。
「大丈夫か?
「
「気持ちは分かるが、あまり気張るなよ」
1区を走る3年生、保坂先輩が心配して声を掛けてくれた。そろそろ担当するスタート地点へと向かう時間となる。
1年生ながらに出場する俺に気を遣ってくれたのだろう。駅伝と言うだけなら、小学生の時も中学生の時も出場している。
だからある程度の慣れはあるけど、それでも緊張はするものだ。高揚感と不安とやる気と、緊張感がごちゃ混ぜになっている。
早く落ち着いて、高揚感とやる気だけをかき集めないと。そしてそれで居て、冷静さを欠いてはならない。
「東! 3区で待っているからな!」
「は、はい!」
今度は3区を走る2年生、
俺のスタート地点は、陸上競技場から10kmの地点にある。選手用の車両に乗って現地へと向かう。
到着した目的地では、すでに応援に来ている人達が歩道に集まって来ていた。予選とは言え、結構な人数が応援に来ている。
そしてこの位置に居る全員が、俺の競走相手だ。俺よりも体格の良い選手もいるし、その逆もいる。
だが走力も体力も、見た目だけでは判断出来ない。持久力の勝負は、外見だけで決まるものではない。
大柄なガッシリとした選手が、小柄な選手に負ける事だって普通にある。駅伝は格闘技ではないので、見た目に惑わされてはいけない。
既に十分な暑さの中で、自分のパフォーマンスを確認する。特に異常はない、いつも通り走れるだろう。
「
「東君!」
「
2人ともわざわざ俺のスタート地点まで来てくれたのか。1区のスタート地点であり、ゴールでもある県立総合運動公園で待っていてくれても良かったのに。
それでも来てくれたのはもちろん嬉しい。ここまで応援に来てくれた事には素直に感謝だ。
周りに居るのは競走相手ばかりで、ピリピリした空気感から少し離脱したかった。実に良いタイミングで来てくれたものだ。
正直周りの緊張した空気に少々呑まれかけていたのだ。思考のクールダウンが出来て助かった。
「頑張れよ!」
「おう!」
「応援してるからね!」
「ありがとう!」
更に一言二言交わしてから、再び選手達の集まるスタート地点に戻る。一旦落ち着いた事で、随分と冷静さを取り戻せた。
確かに周りに居るのは競走相手だ、でも長距離走の最大の敵は自分だ。相手のペースに呑まれたり、焦ったりするのが一番不味い。
俺はいつも通りに走るだけだ。この日の為に4kmの距離をしっかりと走り込んで来た。普段から走っている10kmの半分もない距離なんだ。
落ち着いて走ればすぐに終わる。ペースを乱さずいつもと同じタイムで走り切るだけで良いんだ。
時間的にそろそろ保坂先輩がスタートした筈だ。後は先輩を待つだけで良い。俺はその間、自分の体を最高の状態で維持し続けるだけ。
(駄目だ、妙に意識しているな)
予選が始まった事で、再び緊張感に襲われる。この夏の駅伝大会で、全国に行かなければ3年生の夏は終了してしまう。
保坂先輩はああして励ましてくれたけど、当の本人が一番不安だった筈だ。俺のせいでもし、全国へ行けなかったら。
3年生達にどんな顔をして会えば良い? 夏特有のプレッシャーが、俺の頭を支配する。3年生はこれがラスト、後輩が必ず背負わねばならない重い責任。
意識してしまった事で、メンタルに乱れが生まれ始める。一哉や澤井さん、応援してくれている人々。その重責が、この場に立つ俺の両肩にのしかかる。
『余計な事は気にせずに、好きな様にやりなよ』
ふと
それで結果がどうなるかとか、考えなくても良いのか? そんな疑問が浮かぶと共に、精神的な重みが不思議と消えて行く。
明日また見る事になる、散らかった部屋で笑う篠原さん。何だろうな、おめでとう咲人君! と言いながら缶ビールを片手に笑っている姿が容易に想像が出来る。
パンパンになった灰皿も一緒に。そんな情景が浮かんだ事で、何だか色々考えるのが馬鹿らしくなった。
あんな滅茶苦茶な生活をしている人でも、何とかなっているんだ。だったら俺だって、好きにやっても良いんじゃないか?
「東!」
「はい!」
保坂先輩からタスキを受け取った俺は、軽やかに走り出す事が出来た。あの人は今頃、ビールに囲まれながら観ているのだろうか。
きっと一杯ゴミを散らかしているだろう。そんな好き勝手に生きている篠原さんの様に、俺も好き勝手に走らせて貰おう。さあ、行くぞ!
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