第27話 彼女なりのアドバイス

 昨日は宮沢みやざわさんのお陰で助かったけど、今日からはまた1人で家事代行をしないといけない。

 あんな事があっても、篠原しにはらさんはケロッとしている。俺はこんなに複雑な心情だと言うのに。だけどそれを表には出さない。

 あくまで今はバイト中だし、週末には駅伝の地区予選が控えている。気持ちをしっかり切り替えないと。


「もう完治したみたいですね」


「そうなんだよ〜! 色々ありがとうね!」


「いえ、大した事はしていませんので」


 本当にただ、心配だっただけだ。俺に出来る事をやっただけに過ぎない。ほぼ家事代行と変わらない行為だった。

 一部はちょっとアレだったけど。…………クソッ、いちいち脳裏に浮かばなくて良いんだよ。早く忘れてくれよ俺の脳よ。

 勉強の事はイマイチな癖に、こんな事だけしっかり覚えやがって。今は掃除に専念するんだ、掃除機の音だけに集中していろ。

 ゴミの1つも見逃さない様に床だけを見ていろ。ホコリが無いピカピカの床に仕上げるんだ。それだけを考え続けろ。


「そう言えば、今週末だったよね?」


「予選ですか? そうですよ。日曜日に」


「ボクも観に行こうかな〜」


「せっかく治ったんですよ? ゆっくりしていて下さい」


 高そうなソファーに座った篠原さんがそんな事を言い始める。また体調を崩したら大変だし、大人しく家に居て欲しい。

 家からでもテレビや配信サイトで視聴は可能なのだから、無理に来て貰わなくても大丈夫だ。

 それに6月とは言え、もう十分な暑さだ。この暑さの中で、俺なんかを観る為に外出させるのは気が引ける。

 その気持ちは有り難く受け取っておくけどね。色々と残念だけど、これだけ美人なお姉さんに応援して貰うだけで十分だ。

 それ以上を望むのは贅沢過ぎる。確かに仲良くはなったけど、大それた欲を出せる程ではない。


「大丈夫だと思うけどな〜? じゃあ配信で観るよ」


「そうして下さい。忙しい人なんですから、健康第一ですよ」


「やっぱお母さんっぽい」


 今日も篠原さんは缶ビールを片手に、適当なTシャツにハーフパンツ姿だ。だけどこれでも社長であり人気配信者だ。

 ギャップがあまりにも有り過ぎる。せっかくの美人が台無しだ。だけど最近は、この残念な篠原さんを見ていると何故か安心する。

 未だに答えが出ないこの感覚は何なのだろうか。この駄目な大人っぷりを見ていると、妙に感情が落ち着いて来る。


 一旦冷静になれると言うか、不思議な感覚がしている。それなのに肉体的な接触があったりすると、物凄く意識してしまう。

 この歪なバランスは何とかならないのか。この感情が何なのか、いつか分かる日が来るのだろうか。

 今のところは篠原さんでしか経験がない。クラスメイトの女子達では、こんな風にはならないんだよな。


咲人さきと君はさ〜ずっと陸上部なの?」


「はい、小学生の頃からずっとです」


「へぇ〜やっぱり将来の夢はマラソン選手なの?」


「ん〜~考えなくも無いんですけど、他にも気になる事はあるので」


 やっぱりそこは悩みどころだ。マラソン選手も夢があるなと思うんだよな。世界陸上とか、出場してみたい気持ちはある。

 だけど同じぐらい、料理の世界も気になっている。ストレートに料理人も良いし、管理栄養士や料理研究家なんて道もある。

 どの道を目指すべしか、未だに決められていない。そろそろ決めた方が良いのかなとは思っているけど。

 どの道を選んだとしても、それぞれ楽しそうなんだよな。もちろん大変な事も沢山あるんだろうけれども。


「他にやりたい事があるの?」


「はい。料理人とか、そっちも気になってて」


「……幾らで雇えるのかな?」


「何故に専属前提なんですか」


 このままずっと篠原さんの下にいるのか? それはどうなんだろう? 何となくヒモみたいな感じがして嫌だな。

 でもこんな綺麗で面白い人と、一生一緒に居られたら。それはきっと楽しいだろうなと思う。

 彼女はこれからも色んな事をして、色んな結果を出して行くだろう。そんな華々しい道を歩む人と、毎日過ごせたらきっと充実しているに決まっている。

 だけどそれは、きっと俺じゃないんだ。15歳も年下の俺では、そんな相手にはなれない。

 今はこんな冗談を言ってくれているけど、俺となんかずっと居てくれる筈がない。そんなの最初から分かっていたのに、何故俺はそんな事を今更気にしているんだろう?


「そう言えばさ、バタバタしてて言い忘れてたんだよね」


「何がです?」


「ほらこの前、ボクに聞いたでしょ? どうしたら応援に応えられるか」


「ああ、その話ですか」


 少し前に質問した事だった。篠原さんと俺では条件が違うから、ちょっとだけ時間が欲しいと言われた。

 その場で適当に答えるのではなく、ちゃんと真剣に考えてくれた。それだけでもう十分有り難いのだけど、どんな答えが出たのだろうか。

 篠原さんみたいな、凄いエンターテイナーが出す答え。人生の先輩としての回答は、どんなものになるのだろうか?


「そんなの考えなくて良いんじゃない?」


「…………え?」


「咲人君、君はまだ責任だとかそんな事、気にしないで良いんだ」


「それは、どう言う……」


 予想外の答えが帰って来た。考えなくて良いって、どうしてだろう? やっぱり期待された分の責任とか、そう言った何かがあるもんじゃないのか?

 無視してしまって良い事とは思えないんだけど。そんな簡単に、あっさりと捨ててしまって良い事なのか?

 良く高校球児達が、応援に応え切れずに〜みたいな事を言っていたりする。皆の応援で云々とか、そんなのは体育会系じゃ当たり前に聞く話なのに。


「余計な事は気にせずに、好きな様にやりなよ」


「うーん……それで良いんですか?」


「良いの良いの! だって咲人君はさ、お金とか貰ってないじゃない。応援とは言ってもスポンサーじゃないんだ」


 そんなビジネス的な観点からのお話なんですか? そりゃあまあ、そうだけどさ。応援とか期待とかって、目に見える物を何か貰うわけじゃない。

 そんな思わぬアドバイスを貰ったけれど、本当にそれで良いのか? 何かを背負った方が、強くなれる様なイメージがあるんだけどなぁ。

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