第26話 プラマイゼロ=魅力ゼロではない

 初めて会った女性にあらぬ誤解をされたので、弁明をしたら納得して貰えた。と言うか俺の弁明と言うよりは、篠原しのはらさんの弁護だけど。

 何故か初対面の女性に、滅茶苦茶心配されてしまった。篠原さん、この人の前で普段どんな事をしているんだ?

 あの状況で俺が疑われるならともかく、真っ先に疑われたのは篠原さんの方だったのだから。

 俺はただ家事代行をしているだけのアルバイトで、そんな如何わしい関係ではないと説明した。


「えっと、それで貴方は?」


「あ、失礼しました。俺は東咲人あずまさきとです」


「私は宮沢鏡花みやざわきょうかです。そっか、貴方が新しい家事代行の」


「そうだよ〜変な誤解しないでよね!」


 今回初めて会った宮沢さんは、篠原さんとそれなりに親交のある女子大生らしい。ボブカットの黒髪に、髪の内側に青い染色を入れている。

 たしかインナーカラーと言うのだったかな。そんなオシャレで眼鏡の似合う人だった。篠原さんほどの美人ではないけれど、小柄でモテそうな印象のある女性だ。

 対応が凄く丁寧で、人柄も良さそうな女性だ。これまで篠原さんの面倒をみていた1人らしい。

 隣にある篠原さん所有の物件で、もう1人の女子大生とシェアハウスをしているそうだ。


「わ、凄い! 汚れを落とすのが早い!」


「でしょー! 咲人君は凄いんだよね」


「そうですか? 俺は普通だと思いますけど」


 と言うか貴女はまだ寝ていないと駄目でしょう。回復したのは分かったから、せめて大人しくしていて欲しい。

 またぶり返して倒れたら困るだろうに。思ったより元気そうなのは良かったけどさ。それにしても、俺が掃除をしているのがそんなに面白いのだろうか?

 2人して楽しそうに見ている。嫌ではないけど、年上の女性に眺められながらと言うのは気恥ずかしい。そんなに大層な事はしていないんだけどな。


「ふふー! 良いでしょう咲人君。譲ってあげないよ」


「欲しいなんて言っていませんから」


「え、俺の自由は?」


 いつの間にか俺の扱いが篠原さんの所有物になっている。流石にそれはちょっと、雇われた人間ではあるけれども。

 ああ、でも社員とか職員みたいなものではあるのか? 事務所スタッフ? 何かそんな感じの扱いだと説明された様な気もする。

 そう考えたら一応間違いでもないのか。管理者と所属スタッフという関係性なのかな? 一般的な表現としては。会社と従業員の事とか、あんまり良く分からないけど。


「篠原さん、いい加減布団に戻って下さい」


「ええ〜せっかく鏡花ちゃんが居るのに〜」


「え、篠原さん具合でも悪いんですか?」


「昨日風邪でぶっ倒れていたんですよ、その人」


 色々と大変だったんだよ。本当にこう、色々とさ。忘れろと言われても、暫くは無理そうだ。本当の事を言えば、今も意識してしまいそうだ。

 だって無理だろあんなの、こんなに残念な人でも女性である事は変わりない。容姿にもスタイルにも恵まれた、凄く綺麗な人なのだ。

 そんな人の半裸を見てしまったのだから、昨日の今日で平気な顔で会えるわけがない。ただ心配だったから、平静を装ってこうして来ているだけだ。


 さっきの事だって、宮沢さんが来ていなかったら不味かった。理性で何とか耐えているだけで、篠原さんから女性としての魅力を感じている。

 篠原さんは、俺が異性として見ていないと考えている。だけど全く興味がないわけじゃないんだ。

 残念だけど魅力的で、魅力的だけど残念で。結果プラマイゼロにはなっても、魅力を感じているタイミングはあるんだよ。それが無防備に突然来られると大変なんだ。


「も〜! 駄目じゃないですか!」


「ああ鏡花ちゃん、押さないで」


「ほら、ちゃんとベッドで寝て下さい!」


 結局篠原さんは、宮沢さんの手により寝室へと連れて行かれた。さっきから色々とよろしくない状況だったから、この間に冷静にならないと。

 あの人は本当に自覚が足りていない。自分が美人だと言う自覚が。篠原さんから見たら俺はガキでも、俺から見た篠原さんは大人の女性だ。

 変に意識しない様に努めているだけで、異性だと言う認識はしっかりある。俺にはあるのに、篠原さんには無いのだ。

 この認識のズレが、度々俺に襲い掛かる。俺の忍耐を試される時が、定期的に発生するのだ。


「東君、私も手伝うよ」


「え? でも……」


「せっかく来たしね」


「……じゃあ着替えとか、お願いしても良いですか?」


 今日も頼まれたら、いい加減理性が吹き飛びそうだ。例えば水着姿を見るだけなら、耐えられるだろう。

 だけど、直接体を拭くなんて行為は不味い。非常によろしくない。思春期の男子高校生には、猛毒でしかないのだから。

 昨日は本当に良く耐えたと思う。相手は病人なのだからと、邪な気持ちが沸き上がるのを抑えきった。

 いやらしい目で見ない様に、必死で堪えたのだ。役得だと調子に乗らなかった。記憶には焼き付いてしまったけど、それもなるべく早く忘れようと思う。

 だって俺は、それを許されている相手ではない。そんなのは、本来恋人の特権の筈だ。ただの家事代行に過ぎない、俺の記憶に残しておいて良いものじゃない。


「じゃあ洗濯とかも私がやっておくね」


「ありがとうございます」


 何とか今日は乗り越えられそうだ。明日には完治していて欲しい。篠原さんの為にも、俺の理性の為にも。

 最近ちょっと色々あり過ぎた。今は浮ついている場合じゃないんだから。意識を駅伝の地区予選に集中させておかないと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る