第23話 30歳を過ぎると昔ほど無理は出来ない

 しまったなぁ〜ちょっと無茶し過ぎたかな。昨日からどうにも体調が良くない予兆が出ていたんだよね。

 ボクとした事が、うっかりしていたよ。咲人さきと君の話を聞いて、モチベーションが上がったのは良い。

 普段あんまり良い所を見せられていないから、ちょっと格好をつけようとしたらコレだよ。


 美羽みうワンダーパークについての配信を多めに増やして、打ち合わせにも行ってと少し頑張り過ぎたらしい。

 多分ただの風邪だろうけど、朝からあんまり動けていない。今日やらないといけない事もあるけど、とりあえず配信は休もう。

 この状態じゃ無理だ。あと必要な連絡もしておかないと。何人か連絡を入れないと行けない子達がいる。


「ぁ゙〜ごめん美桜みおちゃん? ちょっと今日風邪引いたから予定変更しても良い?」


『えらい声になってはるけど、大丈夫なんです?』


「まあ明日には治ると思うから」


『そっち行きましょか?』


「大丈夫、うつしたら不味いしね」


 隣の部屋で鏡花きょうかちゃんとシェアハウスをしている女子大生、京都出身の稲森美桜いなもりみおちゃんはうちの事務所所属のタレントでもある。

 鏡花ちゃんと同じく就活で忙しい為、最近あんまり会えていなかった。配信に関する連絡はチャットでも出来るから、文字だけで済ます事も多い。

 今回は書類にハンコを押して欲しくて約束をしていたのだけど、明日以降に回させて貰おう。それから……あれと、これと……






 あれ? ボクはどうしたっけ? やる事がまだ色々とあった筈で……誰か訪ねて来ている? あ、そっか咲人君が来る日だ。

 しまった、今日は風邪引いたから来なくて良いと伝え忘れてしまった。いつから寝てしまっていたのだろうか。その辺りの記憶が全くない。

 とりあえず、来ないでって言わないと。それなのにどうしてボクは解錠しているんだろう? 違うのに、咲人君に風邪をうつしたくないのに。

 どうして玄関の鍵まで開けているんだろう。熱で頭がボーッとしている。考えている事とやっている事がめちゃくちゃだよ。


「ちょっと!? 篠原しのはらさん!?」


「やぁ〜〜〜ちょっとね〜〜風邪引いたみたいで〜〜」


「だいぶ体温高いじゃないですか!?」


「分かんな〜〜い。測ってな〜〜い」


 ああ、また情けない姿を晒している。良い大人が何を子供みたいな事を言っているのだろう。

 ボクの冷静な部分が、良いから咲人君を家に帰そうと考えても体はその通りに動かない。

 久し振りに風邪を引いたからか、それともこんな体調で孤独ではないからか。この状況がボクをおかしくしている。

 年下の男の子に甘える様な真似をするなんて、あってはならないと言うのに。それなのに何故か、ボクの体は彼に縋りついている。


「ちょっと失礼します」


「……え?」


「ベッドまで運ぶので、掴まっていて下さい」


「わ……」


 咲人君て、可愛い顔をしている割にパワフルなんだなぁとか考えてしまった。陸上部でも腕力あるんだなとか、そんな馬鹿みたいな感想が浮かんでは消えていく。

 こんな風にお姫様抱っこなんて、された事があっただろうか。ハッキリしない頭では、いまいち思い出す事が出来ない。

 こんな風に咲人君にしがみついた事がないから知らなかった。まだ子供だと思っていたけど、結構ガッシリした体をしている。

 高校生とは言っても、もう肉体的には十分大人に近いんだなぁ。高校生の頃なんて昔過ぎて、同級生がどうだったかなんて覚えていないよ。


「この状況だとゴミが凄く邪魔です」


「いや〜〜申し訳ないね」


「降ろしますよ」


 ほんの僅かなお姫様タイムは終了。元々彼はボクの王子様ではないからね。たった10秒かそこらだけでも体験させて貰っただけ幸運と言うものだね。

 咲人君のお姫様はもっと若くて可愛い女の子だ。30過ぎのおばさんじゃない。だから勘違いしてはいけないんだ。

 ボクは風邪を引いて、思考が変になっているだけ。いつもより鼓動が早いのは風邪だから当たり前。

 むしろ30過ぎて高校生に救助される、この情けなさを反省すべきなんだよね。本当に格好が悪いよ。良い大人が何をやっているんだか。


「風邪薬とかは?」


「あ〜ちょっと分かんない。あったかなぁ?」


「……鍵、お借りします。ちょっと買い物して来ます」


 それだけ言うと咲人君は部屋を出て行った。いつもそうだけど、彼は非常に頼りになる。本当に16歳の高校生かと疑うぐらいに大人びている。

 お母さんを亡くしているから、そうなるしか無かったのかな。家事全般を家でもやっているらしいからね。

 あんな男の子は引く手数多だからね。競争率は高くなって行くんじゃないかな。彼が持つ男の子としての価値に、女の子達が気付き始めたら一気に行くと思う。


 中学ぐらいまでは恋に夢見がちだったとしても、高校生ともなれば現実が見え始めるからね。

 大学生になり社会人になり、結婚もすると言うビジョンが見え始めた時に気付くんだ。この人と本当に結婚したいのか? と言う事にね。

 一緒に生活をこの人と出来るか? と考え始めた時に答えが出る。そして沢山の女の子達が、そこに目を向けた時に分かる。

 一番理想的なのは、咲人君みたいなタイプだと。そこからは競争だ、誰が咲人君を射止めるのか。

 そしてボクは、その競争に参加する権利を最初から持っていないんだ。

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