第21話 美佳子だから出来る事
もちろん目玉となるアトラクションはあるけど、そんなのどこの遊園地にもある。ちなみにここの目玉は、スパイラルコースターと呼ばれる絶叫マシンだ。
螺旋を描くように高速で移動するのが特徴だ。県外の人でも、その名前を出せば聞いた事ぐらいはあるだろう。
この遊園地が出来た当初は、結構人気があったらしいから。ただそれも昔の話だ、俺がまだ生まれてもいない平成初期の頃と聞いている。
「いや〜結構な人ね」
「……まあその、日曜日ですし」
「さ、行こう
本当に深い意味はないんですよね? これデートじゃないんですよね? そんなにオシャレな格好で来たのはそれが素なんですよね?
凄く高そうなワンピースなんですけどそれ。絶対に3千円ぐらいの『BU』とか『まきむら』とかで買える服には見えない。
俺は女性向けブランドを良く知らないけど、どう見ても数万円とかする高級品にしか見えない。
そして持っているバッグは、俺でも名前を知っている超有名な海外ブランドのものだ。詳しくは知らないけど、多分何十万もするに違いない。
普段はあんな地味なジャージ姿なのに、今日はしっかりメイクまでして来ている。普段は残念な
お陰で先ほどから凄い勢いで注目を集めている。男性だけでなく女性ですら一度は振り返るほどに。
「今朝から思っていたんですけど、やけに気合い入ってません?」
「そりゃあね! 取引先みたいなものだし」
「あ、あぁ……そりゃそうですよね」
ちょっとだけ、ほんの少しだけ期待はした。俺と出掛けるからだって事を。まあ分かっていたけどね。
普段の対応からして、篠原さんは俺を男として見ていない。それぐらい分かっている。ただ少しぐらい、認められたいだけなんだ。
篠原さんと付き合いたいとか、そんな願望があるのではない。ガキ扱いなのがモヤモヤするだけなんだ。
あと2年もすれば俺は18歳で、法律上は成人だ。もうそれぐらいの年齢ではあるのだから、大人に近い扱いでも良いんじゃないかと。
そう思ってしまうのは、俺がまだまだガキだと言う事なのだろうか。ガキだからこそ、気になるのか?
「さあ、先ずはスパイラルコースターから!」
「ちょ、一発目から絶叫マシンですか!?」
「私のお気に入りだからね! 当然よ!」
今日は1日、私で通すらしい。あちこちで篠原さんの声が流れるのに、いつも通り話していたら身バレしてしまうからだと。
これだけ人が居れば大丈夫じゃないかと思ったけど、いざ列に並んでみたらその考えは吹き飛んだ。
篠原さんが使っているアバター、園田マリアの缶バッジやTシャツなどのグッズを所持した人達が結構居る。
この状況で篠原さんがいつも通り、一人称ボクを使ったり男性っぽい話し方をしたりすればバレてしまいそうだ。
思った以上にコラボ効果はあるらしい。ワンダーパーク親善大使の名は、伊達ではないと言う事だろう。
「咲人君は来た事あるんだっけ?」
「小学生の頃に何度か。中学に入ってからは来てないですね」
「そっかそっか。じゃあ私がワンダーパークの良さを改めて教えてあげるわ」
如何にも大人のお姉さんと言う感じで話す篠原さんは新鮮だ。仕事の打ち合わせ等は大体こんな感じらしい。
これはこれで魅力的だとは思うけど、何か違うなとも思ってしまう。いつもの見慣れた篠原さんの方がしっくり来る。
でもなんでだろう? こうして大人のお姉さんらしい振る舞いをする方が良いと思っていたのに。
それなのに何故か、今は普段の姿を求めてしまっている。何だろうこの感覚は。自分でも良く分からない。何故こんな事を考えてしまうんだ?
「と言う感じよ。どう? 参考になった?」
「え? えぇ、まあ何となくは」
「うーん、一度に話し過ぎたかな? 実際に周りながらにしよっか」
誰もが振り返る様な美人と、遊園地を周って行く。たまに遊園地の方と反響について話し合ったりもした。
最初は俺が一緒に居る事を不思議がっていたけど、話しに集中し始めると気にされなくなった。
遊園地の方にはどう見えたんだろうか? 歳の離れた弟って所だろうか。まあ、彼氏には先ず見えないだろう。
だけどいつか、そう見えるぐらいの男にはなりたい。いつまでもガキのままではいられないんだ。
何故今日はそんな事ばかりを考えてしまうのか、その理由は最後に乗った観覧車で気付く事が出来た。
この遊園地は母さんがまだ生きていた頃の、最後の思い出の場所だからだ。あの日はまだ小さくて乗れないアトラクションがあって、俺が拗ねてしまった。
それを見た母さんが、大きくなったら乗りましょうねと約束してくれた。その次の日に母さんは亡くなり、その約束は果たされなかった。
それを無意識に思い出さない様にしていたのだろう。だから今日は何だか、いつもと違って考えが纏まらないんだ。
「咲人君? どうかしたのかい?」
「いえ、その、気にしないで下さい」
「ここにはボクと君しか居ないんだ。遠慮しなくて良いんだよ?」
この小さなゴンドラの中だけでは、いつも通りの篠原さんで居るらしい。やっぱりこっちの方が落ち着くと感じるのは、気持ちが安定し始めても変わらないらしい。
それについては今も良く分からないけど、とりあえずは心の整理がついたので今はもう大丈夫だ。
その筈なのに、俺の口は何故か言う事を聞いてくれない。せっかく篠原さんが楽しそうにしているのに、こんな暗い話を聞かせたくない。
だけど俺は、結局話してしまっていた。何故だろう、こんな話は誰にもした事がないのに。
「亡くなった母親と、最後の思い出になったのがこの遊園地だったんです」
「…………そうなんだね」
「すみません。こんな暗い話、聞きたくなかったですよね」
何故話してしまったのだろう。今まで楽しそうにしていた篠原さんが、すっかり黙ってしまったじゃないか。
デートですらないこんな場面で、ムードを台無しにする様な奴にやはり恋愛なんて無理だろう。
あの頃と何も変わっていないじゃないか。やっぱり俺は駄目な奴なんだ。女性の気持ちなんて何も分からない、恋愛に不向きな男なんだよ。
今更後悔しても遅いと言うのに、そんな下らない言い訳ばかりが頭に浮かぶ。それで壊したこの空気が良くなるわけでもないのに。
それなのに何故か、篠原さんは俺の手を優しく握ってくれていた。驚いて顔を上げたら、そこには笑顔に篠原さんが居た。
「いいや、聞いておいて良かったよ、やる気が湧いた」
「やる気って……何がですか?」
「ボクはこのワンダーパークの親善大使なんだ! 君とお母さんの思い出の場所は、ボクが出来る限り守り続けるからね!」
「あ……」
いつも残念な言動ばかりで、酒浸りで、タバコ臭くて。ちゃんとしていたら美人な筈の篠原さん。
でも何故か普段通りの彼女が、この時だけは凄くカッコイイ大人の女性に見えたんだ。
夕日に照らされた篠原さんのやる気に満ちた表情が、俺の脳裏に焼き付いて消えそうにない。
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