第20話 俺達の関係性

 5月末、実働3週目となる篠原しのはらさんの家での家事代行は順調だった。色々と慣れて来たと言うのもある。

 篠原さんの行動パターンがある程度分かって来たからだ。先ずゴミの溜め方だけど、基本的に防音室とリビングに集中し易い。

 配信者としての活動と、社長としての仕事を思えばそれも当然だろう。配信関係は防音室で、それ以外は大体リビングで生活している。


 たまに寝室まで行かずに寝る事もあるので、一番マシなのが寝室だ。寝室に溜めすぎると、ベッドで眠れなくなるのだから溜まり始めるのは最後だ。

 ただベッドで寝た日は、寝る前まで飲んでいたビールの空き缶が良く転がっているので掃除が結構大変だ。少し残った中身が零れていたりする。

 そして一番の危険地帯でもある。篠原さんの家で、一番下着が転がっている場所だからだ。


「篠原さん……ちゃんとネットに入れて下さいよ……」


「あれ〜? 入れたつもりだったけどなぁ」


「ここに落ちているのは何でしょうねぇ?」


 流石にもう慣れた、とは言い難い。篠原さんは結構派手な下着を好んでいるらしい。大人しいデザインをあんまり見掛けない。

 思春期の男子高校生にはあまりにも刺激的過ぎる。そのお陰だろうか、一哉かずや達みたいに女子のパンツが見えたぐらいで何も思わなくなったのは。

 ああ、今見えたなぐらいのリアクションしか出来なくなっていた。なんせ俺は毎週3回、こんな美人が着ていた下着や衣類を洗っているのだ。

 基本酒臭くてタバコの匂いがする人だけど、少しだけいい匂いがする事に気付いてしまった時は何とも言えない気分だった。


 普通なら嬉しい所なんだろうけど、流石に女性の洗濯物で喜びを感じてしまいたくはない。そんな変態的な行動は取りたくない。

 だから鋼の意思をもって気にしない様にしている。誰か俺を褒めてくれないだろうか? 多分篠原さんは、下着を盗まれても気付かない。

 しかし俺は絶対にやらないと誓っている。マジマジと見るのも禁止しているし、いやらしい目で見ない様に努めている。


「篠原さん、俺も男ですからね?」


「またまた〜ボクに興味ないでしょ?」


「そう言う問題じゃないですよ……」


 貴女も1人の女性なんですよと言う話なんだけどね。一度押し倒したりしたら、理解してくれるだろうかとも考えた。

 しかし実行する気にもなれない。そんな事をして何の意味がある? ただ篠原さんに不快な思いをさせるだけだ。

 俺が余計な感情を働かせない様にする方が良いに決まっている。俺は雇われた側で、下心を雇い主に向けるなどあってはならない。


 あくまでお金を貰うために仕事をしているんだ。ただ仕事だからと、女性の下着の洗濯方法まで知る事になったのはどうなんだろう?

 知らなかったよ男2人で生活して来たから。女性用の下着は洗濯ネットに入れるんだってさ。

 知っていたか? 男子高校生達よ。もしかして、母親か姉妹が居たら知っているのかね?


「とにかく! ネットに忘れず入れて下さいね」


咲人さきと君て、お母さんみたいだね」


「うち、父子家庭なんですけど」


 何だかなぁ、それは褒められているのか分からない。素直に喜ぶべき事なのだろうか。少なくとも、親になる素質はあるって事で良いのか?

 ま、そもそも結婚の予定が無いけどね。結婚願望自体は、まあ無くはない。どちらかと言えばある、みたいな感じだろうか。

 ただ恋愛をそもそもした事がないし、上手く行く気がしていないのでスタート地点にすら立てないんだけど。

 父さんみたいに、1人の女性をずっと好きで居られるだろうか。日々聞かされて来た惚気話に、多少なりとも憧れがあるのは確かだ。

 聞き飽きた話ではあるけど、そんな関係を羨ましく思ってはいる。それは俺にまともな恋愛経験が無いからかも知れない。無いものねだりってやつ?


「時に咲人君、今週の日曜日は暇かい?」


「え? まあ、部活休みになりましたし」


「よし、じゃあボクと遊園地に行こう!」


「…………なぜに?」


 いつも急な展開に発展させる人だけど、今回は尚更意味が分からない。なんで急に俺と遊園地へ?

 どう言う意味があるのそれ? いや、一瞬は考えたよ? デートと言う言葉が頭に浮かんだよ? でも見てみろ、この現実を。

 下着を見られても、一切気にしない様な人だぞ? 確実に男としての役割を求められていない。どう考えても使い勝手の良い弟がせいぜいだ。

 ショッピングモールではないから、荷物持ちではないだろうけど。いや、マスコットのデカい縫いぐるみ目的ならば有り得るのか?


「ほら、ボクがコラボしているワンダーパークだよ」


「ああ! あそこですか」


「第3弾のコラボがやっててね〜実際に見ておきたいんだ」


 なるほど、そう言う意味でか。俺はあんまりVtuberに興味が無いんだけど、これからはある程度観ておこうかな。

 こんな風に話が噛み合わない事がちょくちょくあるし。配信を観ていたら知っている筈の事を、俺は殆ど知らないのだから。

 少し前にチラッと観た程度で、しっかり視聴はしていない。ただそれは理解出来たけど、何故俺なんだろう?

 俺と行っても楽しくないのでは? 友達って程の関係でもないし。やっぱり俺達は雇う側と雇われた側だ。

 コンビニの店長が店員と遊園地に行ったりするのか? その辺りは未経験だから良くは知らないけどさ。


「俺、必要あります?」


「あるよ!! 30過ぎて1人で遊園地をエンジョイしてたら痛いでしょ!!」


「あ、ああ。そう言う……」


 理由が実に篠原さんらしい内容で安心した。やっぱりこれはデートのお誘いなんかじゃない。

 だから変に気合いを入れたりしなくても良い。それに遊園地なんて久し振りだ、俺も気負わず普通に楽しめば良いか。

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