第19話 片付けが出来ない→× 散らかす才能→〇

 篠原しのはらさんの家で家事をしている内に分かって来た事がある。部屋が汚い人にありがちな事の1つが、頻繁に使うものを雑に扱うと言う事だ。

 例えば、頻繁に着る服が入ったタンスの引き出しは開けっ放しだ。ホコリが入るとか、全く考えもしない。

 いつでもすぐ取れる様に、ほぼ全開にされている。何回綺麗に片付けてもこうなるので、最早無駄な行為なのかも知れない。

 でもどうせ開けっ放しになると分かっていても、俺は諦めずにちゃんと全て閉める。俺が諦めない事で、ホコリが引き出しに入る機会が減るのだ。

 防虫としての効果も少なからずある筈だし、何よりもタバコの煙による黄ばみも多少はマシになるだろう。


「篠原さん、何でいつも引き出し閉めないんですか?」


「え? 何でだろう? 癖?」


「自覚ないんですか……」


 意識的にやっているのではないらしい。まだ取りやすいからとか、それらしい理由がある方が良かった。

 褒められた事ではなくても、理由があるだけマシだった。しかし篠原さんは、特に意味もなく開けっ放しにしていた。

 面倒を嫌ってやらないと言う判断が、もう無自覚に発動してしまっている様だ。篠原さんはあれだ、片付けられない人ではない。


 無自覚に散らかす人なんだと、認識を改める必要性が出て来た。そして残念さが更に一段階上がった。

 彼女は散らかし癖とも言うべき症状を患っている。篠原さんの部屋を綺麗に保とうと思ったら、片っ端から散らかした物を片付ける人が毎日一緒に居る必要がある。

 結婚する人は大変だろうな、毎日これなんだから。凄い苦労すると思うよ、これだけ散らかし放題なのだから。


「使ってない間は、ヘアアイロンのコードを抜きませんか?」


「え〜〜また挿すの面倒臭いじゃん」


「よし、じゃあ延長コードを買いましょう」


 無造作にポンと置かれたヘアアイロンは、壁のコンセントにプラグが挿されたままだ。そのせいでドレッサーまで伸びたコードが中々に危ない。

 ドレッサーにもコンセントは付いているが、既に他の物で埋まっている。それなら延長コードを追加するしかない。

 使えているから良いぐらいの考えだろうけど、普通に危ないのでこの状況は良くない。下手に足を引っ掛けたりしたら危険だ。

 倒れた先に何があるかも分からない部屋なのだから。火の着いたタバコでも吹き飛んだら終わりだ。

 この家は実に良く燃えるだろう。何せゴミとアルコールが常に置かれているのだから。


「必要かなぁ?」


「買いましょう」


「でもなぁ〜」


「買って下さい」


 ついでにドレッサー周りの配線も綺麗にしたい所だ。色んな器具の電源コードが絡み合っている。

 挿し直すのが面倒だと思ってこうしているのだろうけど、絡まっていて逆に使い辛いだろう。結束バンドなんかもあった方が良いかも知れない。

 ある程度篠原さんの生活が分かって来たので、改善に向けて色々と始めて行こう。散らかし癖が治らないとしても、やれる事はやっておきたい。

 汚部屋なのにヘビースモーカーは中々に危険な生活だ。良く今まで火災に発展する事がないまま来られたものだ。いつ大惨事になっても不思議ではないのに。


「良くこれで火事になりませんね」


「布団とかなら焦がした事あるよ!」


「あぁ、もうやらかした後なんだ……」


 何故にちょっと自慢気に話すのか。全然全く誇るべき事ではない。そして篠原さんの生活が心配になって来た。

 消火器とか室内に置いておくべきじゃないか? 何かがあってからは遅いし。それに近隣住民にも迷惑が掛かってしまう。

 いつか事が起こる前に、対策はしっかりしておく方が良い。水を入れられるタイプの、大きい灰皿を用意するのが一番だろうか。

 喫煙所とかにある様なあの赤い大きな缶みたいなヤツ。無いよりはマシな気はするんだよな。


 どうせ卓上用の普通サイズでは、すぐパンパンになるのだから。篠原さんは1日で2箱から3箱のタバコを吸う。

 ヘビースモーカーには普通の灰皿では小さ過ぎる。タバコを切らさない様に、わざわざ大量のカートンをストックするぐらいタバコ好きだ。

 吸う量が増える事があっても減る事はないだろう。なんせ本人にタバコを辞める気が無いのだから。


「そのさ〜昨日は何かごめんね」


「え? あぁ。謝る様な事ですか?」


「だって彼女さん、怒ってたでしょ?」


 えっと、何の話をされているのでしょうか? 彼女とは? 現在進行系で彼女無しの童貞なんですけど?

 一体篠原さんには何が見えていた? 背後霊的な何かでも見えて…………ああ、昨日一緒に居た誰かを彼女と勘違いしたのか。

 ちょうど男女5人ずつだったから、そう言う集まりに見えてしまったのか。俺達は5組のカップルで遊んで居たのではない。

 ただクラスメイト同士で、1日遊んでいただけに過ぎない。そんな甘い空気は一切無かったのだから。


「昨日一緒に居たのは全員クラスメイトですよ。彼女なんて俺には居ません」


「……そうなんだ? 居そうなのにね」


「そもそも居た事がないですよ」


 自分で言っていて悲しくなって来た。だって分からないんだよ、恋愛ってヤツが。好きとか好きじゃないとか、恋の駆け引きとか。

 何がアピールで何がそうじゃないとか。俺には全然分からなかった。分からないからこそ、ちょっと拒否感がある。

 それに浮かばないんだ、俺に恋人がいるビジョンが。誰かと一緒に暮らす姿が、俺には見えて来ない。

 失敗ならした事はあっても、成功した事は無い。そんな俺に誰かを好きになる事が、果たして出来るのだろうか?

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