第18話 世の女性達はどうなのか

 昨夜は流石に驚かされた。篠原しのはらさんもちゃんとした格好をすれば、あんなにも美人なのだと。いやまあ普段も美人ではあるんだけど。

 ただ残念さが足を引っ張ってしまうと言うだけで。酒、タバコ、汚部屋の三大残念ポイント。それさえなければ、凄く美しい人なんだけど。

 昨日だって、あまりに凄まじい美女が現れたから大変だった。紹介してくれとか、何者なのか聞かれたりとか。

 下手なことは言えないから、バイト先の社長としか伝えていない。嘘ではないし、ある程度は納得されたみたいで助かった。

 篠原さんは単なる知り合いの、所謂バリキャリお姉さんという事で一旦は落ち着いていた。


「良いよな咲人さきとはあんな美女と知り合えて」


「知り合いなだけだ。ただそれだけだよ」


「それでも頻繁に会えるんだろ? 羨ましいぜ」


 昨夜から一哉かずやはこの調子だ。気持ちは多少なりとも分からなくはない。俺だって男だ、友達があんな美人と知り合いだったら羨ましく思うだろう。

 見た目では分からない私生活の部分が他人には話せないから、一哉に俺のこの気持ちは分からないだろう。

 見た目あのままで大人っぽい人だったら、俺も自慢出来ただろう。だが実際には子供っぽくて私生活がダメダメだ。

 一応人前ではちゃんとするみたいで、全く出来ないという事ではないらしいけど。昨夜の真面目モードは、たぶん一哉達が一緒に居たからだと思う。


 そう言う判断が出来るのなら、普段からそうすれば良いのに。上げたら必ず落とさないといけない人なのだろうか。どこまでも残念さとは離れられないらしい。

 きっと今日も、室内にはごみが散乱しているのだろう。流石にもう理解出来た、あの人にゴミ箱という概念は存在しないと。

 最初から自分で片付けるつもりがないのだ。適当にその辺のビニール袋や段ボール箱にインして終了なのだ。

 ちなみに生ゴミも適当にしているので、これからの季節が怖い。主に腐敗や虫の沸きが。


「今日も会えるんだろ? 良いよなぁ」


「俺は憂鬱だけどね、これからの事を考えただけで」


「はぁ? 意味わかんねー」


 一哉とそんな話をしながら、体操服姿で校舎内を歩く。5月も半ばになってくると、流石にそろそろ気温も高くなって来た。

 じんわりとした熱を感じながら、グラウンドへと向かう。部活動が行われる平日の午後は、外にいるのは殆ど体育会系の生徒ばかりだ。

 たまに見知った顔をみつけては、挨拶を交わしていく。するとすぐ近くの廊下から、養護教諭の阿坂あさか先生が歩いて来るのが見えた。

 首もとの辺りで切り揃えられた黒髪、整った容姿に鋭いつり目が特徴的だ。それもあってかやや近寄りがたい印象を受ける。


 クールビューティという言葉がよく似合う女性だ。見た目のわりには面倒見が良いらしく、女子生徒から高い人気がある先生だ。

 もちろん男子生徒の人気も高く、目敏く見つけた一哉が既に話し掛けに行っていた。阿坂先生から見れば、生徒なんてガキでしかないだろうに。

 良くもまあ、懲りない男である。これまでに何度も撃沈していると言うのに。そもそも既婚者ではないか、と言う噂もあるぐらいだ。

 下心丸出しの男子高校生など、恋愛対象にはならないだろう。そもそも教師が生徒に興味を持っている方がヤバイ。何の目的で仕事をしているんだと言う話だ。


「またお前らか、坂井さかいあずま


「俺は関係ありませんよ! こいつが勝手に!」


「生殖本能に任せて生きるのは程々にしておけよ」


 それは一哉だけに言って下さい。俺は別に阿坂先生と、どうにかなろうとは思っていませんので。相手にされるとも思っていませんから。

 毎回一哉が声を掛けにいくせいで、俺まで変んな認識を持たれてしまったらしい。全くの誤解であり、ただの風評被害でしかない。

 俺から話し掛けた事なんて殆どないと言うのに。それにしても冷静な人だな。一哉に話し掛けられても見事に捌いている。

 やはりこう言う相手には慣れているのだろうか。きっと昔からモテただろうしな。一哉の様なタイプなど、適当にさらりと流せてしまうのだろう。


 阿坂先生は少し男性っぽい女性なので、話し方に厳しい所がある。今回も一哉はバッサリ斬られたようだった。

 こう言う所が篠原さんと違うんだよな。サッパリしていると言うか、しっかりしていると言えば良いのか。

 こんな雰囲気の人なら、憧れる気持ちが良く理解出来るんだけどな............いや待てよ? もしかして、阿坂先生も自宅だと実は、みたいな事があるのだろうか?

 これもまた俺の幻想に過ぎないのか? 勝手に女性への理想を抱いているだけで、案外阿坂先生の様な女性も......と言うのが世界の真実なのか?


「あの......阿坂先生」


「なんだ東? スリーサイズなら答えんぞ」


「いえ、そうでは無く。先生って、家事とか出来るのかなって」


 もしこれで阿坂先生まで、汚部屋の住人だったりしたら。もう俺は何を信じて良いのか分からなくなる。

 大人の女性がイコール汚部屋の住人なんて嫌すぎる。価値観を押し付けるのは良くないかも知れないが、篠原さんだけがおかしいのだと信じたい。

 世の大人の女性たちが、あんな家事スキルゼロの生活をしているとは思いたくない。ちょっとぐらい憧れても良いよな?

 大半の女性は綺麗な部屋に住んでいると。悲しい現実を知ったけれど、憧れぐらいは持っても良いよな?

 それぐらいは許されても良いと思いたい。もし万が一俺に彼女が出来て家に行った時、あんなゴミだらけであったら結構辛い。

 多少汚いぐらいは良いんだ、それぐらいは気にしない。ゴミ屋敷でさえ無ければ良いんだよ。


「はぁ? 出来ないわけないだろうが」


「で、ですよね」


「お前は私をなんだと思っている?」


 いや、もうほんとその通りなんですけどね。普通はそうだと思うんですけど、どうしても気になっただけなんですよ。

 大人としてあまりにもアレな人が、身近に居るものですから。俺は男子高校生の夢を守る代償に、美人養護教諭からの好感度を失った。

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