第15話 残念だけどスペックは高い

 カラオケを散々楽しんだ俺達は、最後に美羽みう駅前のハンバーガーチェーン店に入った。美羽駅は俺達が通う美羽高校から、徒歩15分ほどの距離にある。

 この辺りでは数少ない繁華街の1つであり、学生が遊んだり買い物をしたりするなら基本的にはここになる。


 他の場所を敢えて選択する必要は薄く、大体の物はここで揃う。また駅としても重要な地点であり、新幹線や特急に乗るなら美羽駅を経由する必要がある。

 そんな美羽市の中心地とでも言うべき街は、今日も大勢の人々が歩いている。日曜日の夜になっても、スーツ姿の大人達が居る。

 子供連れの家族も居れば、俺達ぐらいの学生グループも居る。ハンバーガーショップの窓から、そんな風景が見えていた。


「てかさぁ〜マジで無いよね下田しもだ


「絶対当てる生徒を顔で選んでるよね」


「分かる〜バレてないと思ってるのかな?」


 いつの間にか斎藤さいとうさんを筆頭に、女子達の愚痴大会が始まっていた。下田と言うのは美羽高校の数学教師だ。

 俺でも気付くぐらいに、露骨に可愛い女子ばかり当てている。大人しくて目立たない子を指名している所は見た事がない。

 あれで他意はないと言うのは無理があるだろう。学校には良い先生も居るけど、ちょっとなぁと感じてしまう先生も居る。

 こればかりは仕方がないのだろう。嫌われている教師と言うのは、小学校でも中学校でも居たのだから。誰に教わるかを、俺達学生に決める権利はない。


「でも下田、阿坂あさか先生には弱いみたいだぜ。この前睨まれたら逃げてた」


一哉かずや、良く見てたなそんなの」


「甘いぜ咲人さきと、美人の動向はチェックしとかないとな」


「はぁ〜? 坂井さかいなんて阿坂先生が相手にするわけないじゃん」


「うるせぇ!」


 中学時代から仲が良い一哉と斎藤さんが、いつもの遠慮がないやり取りを始める。阿坂先生と言うのは、美羽高校の養護教諭だ。

 下の名前までは知らないけど、滅茶苦茶美人なので生徒の間では有名だ。アラフォーと噂されているが、そんな風には全然見えない。

 クールでカッコイイ先生なので、男子だけでなく女子からの人気も高い。俺はそれほど興味がないけど、確かにあれはモテると思った。

 その整った容姿は篠原しのはらさんといい勝負じゃないだろうか。実年齢より若く見えると言う意味でも。中身を考えると、阿坂先生の圧勝だろうけど。

 阿坂先生が家ではズボラだとはちょっと思えないし。そんな風に2人の美人を脳内で比較していたら、野球部の陽介ようすけが現実に意識を引き戻す。


「なあ、そろそろ出ないか? 時間的に」


「おっと、そうだな。俺も帰って風呂の用意をしないと」


「え、あずま君て家事してるの?」


「そうだよ。うちは父子家庭だから」


 澤井さわいさんが意外そうな目で俺を見ている。やっぱり顔ですか? 家事が出来そうにない顔をしていますか?

 一哉にならともかく、澤井さんにまでそう思われていたのなら悲しいな。俺ってそんなに家事出来そうには見えないのか?

 昔からずっとやって来たんだけど。ケーキでも焼いてみせようか? マドレーヌとかも作れるぞ俺は。

 山芋の煮物とか、おばあちゃんみたいなメニューだってお手の物だ。作れない料理なんて、専門的な物ぐらいだ。家庭料理なら大体は作れる。


「へぇ〜凄いね東君て」


「凄くはないよ。ただ出来ると言うだけで」


「え〜じゃあ今度お弁当作って来てよ東」


「良いけど斎藤さん、俺の料理食べたいのか?」


 俺が料理も出来る話を出したら、何故かそんな話が出始める。食べたいと言うなら作らなくはないけど、彼氏でも無い男の料理をわざわざ食いたいかね?

 一応はお金持ちの女性が満足する料理を作れてはいるらしいけど。ただそれもまだたった3回だけの話だ。

 これから先どう評価されて行くかは分からない。飽きたと言われるかも知れないし、誰彼構わず提供出来る程の自信は無い。

 もし将来料理人になる様な事があれば、かつてのクラスメイトに振る舞うのも有りだろうけどね。そんな風に会話をしていた賑やかな空気が一変したのは、その直後だった。


「おや? 咲人君じゃないか」


「え? 篠原さ…………ん」


「やあ、奇遇だね」


 振り向いた俺の目の前に居るのは篠原さんだ。それは間違いないだろう。声も顔も篠原さんのものだ。

 だけどいつもとは明らかに違う。草臥れたジャージ姿ではなく、高そうなスーツに身を包んでいる。

 ほぼノーメイクみたいな普段通りの姿ではく、しっかりとメイクが施されている。確かに普段も美人だとは思っていた。

 しかしこれは、次元が違う。どこからどう見ても、仕事が出来そうな超絶美女にしか見えない。

 俺は幻を見ているのか? 篠原さんが篠原さんじゃないみたいだ。正直初見がこの姿だったなら、わりと真面目に好意を抱いたかも知れない。そう思えるぐらいには、大人の女性としての魅力に溢れていた。


「あの……その格好、は?」


「これかい? ちょっと東京まで打ち合わせにね」


「はぁ……そうなんですね」


「おっと、友達と一緒の所を邪魔したかな。それじゃあ私はこれで」


 ヒラヒラと手を振りながら篠原さんは去って行った。一人称ボクはどうしたんだとか、色々と言いたい事はある。

 だがそれ以上に、このカオスな状況を生み出した事について一言良いだろうか。たった一瞬の邂逅で、クラスメイト達からの質問の嵐だ。

 何だあの美女はとか、芸能人なのかとか。どこで知り合ったのかや、どう言う関係なのかなど。

 引っ切り無しに飛んで来る質問で、俺は針の筵になっている。見掛けたのに無視され無かったと言う意味では少し嬉しくはある。しかしこの状況は全く嬉しくない。


「エグい美人だったじゃん。今からバーとか行くのかな、東?」


「ハハハ……そうかもね」


 絶対にそれは無いと断言出来る。篠原さんはどう考えてもさっきまで俺達が居た、ハンバーガーチェーンに行くだろう。

 だってついこの間、チーズナゲットが食べたいと言っていたからな。それに篠原さんが、バーになんて行くわけない。

 帰ってジャージに着替えたら缶ビールだ。俺にはその姿が鮮明に思い浮かべる事が出来る。

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