第13話 2人でお好み焼き

 久し振りにお好み焼を作る事になったけど、体が覚えているので特に問題はない。キャベツを刻んで、お好み焼粉を溶いた生地に放り込む。

 生地に天かすを入れる派なので、キャベツに続いて一緒に投入する。餅入りと生地を別にしたいので、餅チーズ用とそれ以外でボウルを分けておく。

 前もって温めておいた、篠原しのはらさんの家にあったホットプレートの近くまで生地を運べば後は焼くだけだ。


「篠原さん、何から焼きますか?」


「うーん……そうだねぇ。敢えてのシーフードで!」


「じゃあ焼きますね」


 ホットプレートに生地を伸ばし、1人分の大きさに形を整える。その上にエビとイカの切り身を乗せて、少しだけ生地を追加でかけておく。

 後は焼き色を見ながらひっくり返すだけだ。料理としては単純だから、俺としては楽な方だ。複数のおかずを用意するより労力は少ない。

 生地から拘り出すと大変だけど、今回はそこまでやらない。やっても良いんだけど、それは部活が無い日にしたい。

 それなりに疲労はしているから、少しぐらいは楽な方法を選んでも許されると思いたい。流石に家事代行が出来ない程には疲れていないけどさ。


「よし出来た。どうぞ」


「おぉ〜〜! 咲人さきと君って色々出来るよね」


「お好み焼ぐらい大した事じゃないですよ」


 もっと手間のかかる料理は沢山ある。天ぷらとかハンバーグとか、定番料理ほど意外と手間が多い。作る手間もそうだけど、片付ける手間もある。

 料理が出来ると言うのは、下拵えから片付けまでを含めてだと俺は思う。予め用意されたものから作る様な、調理実習レベルは出来るの範疇に含むべきではない。

 たまに居るんだよな、出来るって豪語している奴が全然出来ないパターン。小学校で卵焼きを作った程度の話を盛る奴。

 そのタイプは中学の調理実習で、驚くほど役に立たなかった。高校ではまだ調理実習をやっていないから、そのタイプが居るかは分からないけど。


「美味しー! 良いよねぇお好み焼」


「喜んで貰えたなら良かったです」


「あれ? あっちの袋は何かな?」


「あぁ、あれはうちの分ですよ。せっかくだしうちもお好み焼にしようかなと」


 綺麗に掃除をした後だから、我が家の分が入ったエコバッグが見えている。床に置いているのだから、見えて当然ではある。

 普通の家なら何も特別な事ではないけど、この家では床に何も無い状況が普通ではないのだ。

 基本的に何かが転がっているし、酷い時は床が見えない。ごちゃごちゃと色々な物が落ちているのが日常的な光景だ。

 おかしい状況が当たり前なので、表現のしかたに困る。ともかくうちの分はどうでも良いんだ。今は篠原さんの分を焼かないと。


「だったら咲人君も一緒に食べれば良いよ」


「え? いや、でも……」


「お父さんの分も焼いて行けば?」


 一度で済むし片付ける手間も1回分だ。それは非常に有り難い申し出だけど、一応俺は現在勤務中な訳でして。

 依頼者の家で一緒に晩飯を食う家事代行が居るのか? それはどうなんだ? サボるみたいで気が引けるけど、提案しているのが依頼者本人になるんだよな。

 この場合はどう判断したら良いのだろうか。キッチンに大きめの紙皿もあったから、父さんの分も焼いて帰る事は可能だ。

 材料のまま持って帰るより楽なのは間違いない。だけど、良いのか? こんなに早い内から楽をしてしまって。まだ3回目の勤務だと言うのに。


「この状況でボク1人だけってのもねぇ」


「それは……」


「一度に2枚焼けるんだからさ」


「……分かりました」


 意固地になる様な話でもないか、雇い主が良いと言っているんだから。それに楽をした分、他の事に力を入れれば良い。

 浮いた時間の分だけ働いて帰れば済む話だ。すぐゴミだらけにしてしまう雇い主だ、やれる事は一杯ある。

 それにそこまで淡白な関係である必要もない。良好な関係を築くのも大切な事なんじゃないか?

 社会に出た経験はないけど、父さんが良く言っている。それにどうせなら楽しく働きたいよな。そんなの甘い考えかも知れないけど。


「じゃあちょっと、次の焼く間にやっちゃいますね」


「オッケー! よろしくね〜」


「次は餅チーズにしますね」


 餅入りの生地をホットプレートにセットして、その間に追加の生地を作る。ちょくちょくキッチンとリビングの間を往復しつつ作業を進める。

 焼けた新しいお好み焼を篠原さんに渡し、彼女が食べている間に我が家の分の生地を完成させた。

 うちの生地は餅無しのシンプルなものだ。ボウルは1つだけで十分足りる。具材も普通の豚肉が入るだけの豚玉だ。

 篠原さんの分は……次は明太チーズにしてみるか。市販の明太子ソースとチーズを入れたちょっと変わり種。

 お店ならそう珍しくもないけど、自宅ではあまりやらないだろう。自分の分と篠原さんの分を同時に焼き上げ、数分で完成させる。


「焼くの上手だよね」


「これぐらい関西の人なら、大体の人が出来ると思いますけど?」


「そうかなぁ? お店みたいに綺麗だよ?」


 そんな風に高く評価して貰えるのは嬉しい。だけど流石に関西のお好み焼店と比べたら素人も良い所だ。そんな大層な出来上がりではない。

 ただ関西人である祖父母に習っただけに過ぎない。俺の腕前では祖母にすら叶わないだろう。

 だけど、身内以外の人に褒められるのは何か良いな。授業以外で家族じゃない人に、こうしてご飯を作ったのは篠原さんが初めてだ。

 まだ3回目だけど、毎回喜んでくれるから意欲が湧く。誰かの為に料理を作るのは楽しいもんだな。やっぱり料理人が向いているのだろうか?


「咲人君のは豚玉だよね?」


「そうですよ。うちは豚玉だけで良いかなって」


「一口貰って良い?」


「構いませんよ」


 篠原さんが敢えてシーフードから求めたので、シンプルな豚玉を後回しにしたけど失敗だったかな。間に王道を挟むべきだったか。

 相手が父さんならどの順番で欲しがるか分かるけど、篠原さんの食の好みはまだまだこれからだな。

 この先家事代行を続けて行く上で、重要になってくる要素だ。雇い主の好みぐらいはちゃんと把握しておきたい。

 体調が悪い時は何を食べたがるか、と言った事も結構大切だと思う。そんな事をぼんやり考えながら一口サイズに切り分けて、篠原さんに渡そうとした。


「あの……篠原さん?」


「ん? ほら、


「いや、だから」


「くれるんじゃないの?」


 俺が意地悪をしているみたいに受け取るのは待って頂きたい。違うそうじゃない、このシチュエーションに問題がある。

 直で口に放り込む事に待ったを言いたいわけでしてね? 俺が気にし過ぎか? 間接キスとか気にするのは俺が童貞だからか?

 篠原さんは全く気にする様子が無いんだが? こっちは普通にしていたら美人な篠原さんの、形の良い唇をつい意識してしまって集中出来と言うのに。

 意を決して震える手で箸を動かす。口を開けて待つ篠原さんは餌を待つ雛鳥みたいで、少しだけ可愛いと思った。


「どっ、どうぞ」


「…………ん〜〜! シンプルイズベストだね!」


「そ、そうですね」


 今回ばかりは流石にドキドキした。残念な言動で大体はプラマイゼロになる人だけど、ベースは美人だから不意を突かれるとヤバいな。

 雇い主を相手に変な感情を持たない様に、これからは気をつけようと心に誓った。

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