第12話 篠原家と東家の食卓事情
今のところは篠原さんから好評で、特にクレームの類は出ていない。正直なところ、提示額通りの仕事が出来ているかは分からない。
ただ満足して貰えているらしいので、とりあえずは良しとしておこう。食事の方も問題はないらしい。
篠原さんはあんな感じだけど、好き嫌いはないとの事。あんな生活をしているから、食事も偏食家なのかと思ったが予想は外れた。
もう一つ意外な点があるとするなら、お風呂はちゃんと入る人だと言う事だ。浴槽を洗いたくないからと、シャワーオンリーではあるが。
冬とか寒いんじゃないかと聞いたら、お風呂場の暖房を使うらしい。呆れるほどに徹底してお金で解決していた。冬場の電気代が凄そうだ。
【今夜はお好み焼が食べたいな!】
【具材は何が良いですか?】
【色々食べたい!】
【分かりました】
篠原さんのオーダーにより、今夜はお好み焼を作る事になった。あの人、何故か料理はしないのにホットプレートを持っていたりする。
他にも調理器具は一通り揃っている。そして自分で洗濯しないのに、洗濯機や乾燥機もある。
家事代行に頼む前提で、それらをしっかり購入している。庶民には到底理解出来ない生き方だな。
時には面倒臭いからと、衣類を洗わずに捨てる事もあるらしい。ブルジョワ過ぎる生活を送っていらっしゃる。実際お金持ちではあるんだけどさ。
「いらっしゃいませ〜」
篠原さんの家に行く前にスーパーに立ち寄る。色々と必要な材料を買って行かねばならない。
食材等の費用は、事前に預かっているICカードで払っている。もちろん勝手に私用で使ったりはしない。
信用して渡してくれた物を、そんな風に裏切るのは最低な行為だ。そもそも十分なバイト代を貰っているのだから。
むしろ注意すべきは紛失や盗難だ。どこかで失くしてしまわない様に、細心の注意を払っている。
クレジットカードではないので、チャージ額以上は使えないとしても。それでも預かり物である事に変わりない。
「あ。そうだ、うちもお好み焼にするか」
亡くなった母さんが関西出身で、祖父母の家で何度もお好み焼を食べた事がある。その時に関西風の作り方を教わったので、1人で手作りするのも簡単だ。
父さんもビールに合う料理の方が喜ぶだろうしな。それにお好み焼を焼くだけ焼いて、自分は食べないのも何となく嫌だ。
そんな調子で、うちの晩御飯は最近篠原さんに左右されがちである。毎回ではないけど、わりと引っ張られてはいる。
何も悪い事ではないし、無駄遣いにならない範囲でなら構わないだろう。父さんから特に文句は出ていないしな。
「これとこれ、お会計別でお願いします」
「かしこまりました」
我が家の分と篠原さんの分とでカゴは分けてある。最近良くやる買い物の仕方だ。ちなみに我が家は豚玉だけにしてある。
シーフードやミックスにしなくても別に良いかなと。ぶっちゃけ2回も色々作るのが面倒臭い。すまないな父さん、うちは豚玉オンリーだ。
シーフードとかは、食べたければ勝手に食べに行ってくれ。それに篠原さんの言う『色々』の範囲が分からなかったからな。
餅チーズや明太子チューブとか、結構色々と用意したのでやる事が多いんだよ。
「ありがとうございました〜」
流石に色々と買ったので、荷物の量が多い。エコバッグ2つが、見事にパンパンになってしまった。
この生活を始めてから、陸上部で本当に良かったと思う。シューズは毎日持って帰らないから、学校の荷物は最小限で済んでいる。
篠原さんの家に行かない日だけ持って帰ればそれで済む。もし俺が野球部やテニス部辺りだったら苦労しただろう。
まさかこんな所にメリットが生まれるなんて思いもよらなかった。それで買い物の荷物が軽くなるわけではないが、幾らかマシなのは間違いないだろう。
「篠原さん、俺です」
『今開けるね〜』
こうして女性の家に通うのは不思議な気分だ。定期的にこうして、高級マンションに通うのも含めて。
篠原さんは合鍵を渡そうとしてくれたけど、それは流石に断った。幾らなんでもそれは責任重大過ぎる。
そもそも持っていたら落ち着かない。お金持ちで1人暮らしの女性が住む家の合鍵だぞ? 怖くて持てるかそんなもの。
失くしたらごめんなさいでは済まない。ポケットに入れているだけで胃にダメージを受けそうだ。俺はそこまで図太い神経をしていない。
「篠原さん、ドア開けて貰えますか?」
『はいはい〜ちょっと待っててね』
7階まで上がって、篠原さんの家の玄関前に立つ。これで4回目の訪問だ。暫くすると笑顔でドアを開けてくれた美女が目の前に現れる。
そしてその背に見えている散乱したゴミ。ほんのり臭うアルコール臭さとタバコの匂い。何だろうな本当に、この何とも言えない感覚は。
嬉しい様な嬉しくない様な、不思議な気持ちに毎度させられる。最近始まったこの、綺麗だけど残念なお姉さんとの日々。
まだたった3回働いただけでしかないけど、何となく楽しいと感じているんだ。こんな生活も、悪くないかもなってさ。
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