第11話 友人からの誘い

 日常生活がかなりアレな美佳子みかこだが、意外と忙しい日々を送っている。VBヴイビー所属タレント達の管理や、経営者としての各種手続きなどやらねばならない事は様々だ。

 その上で自身の配信や自社のプロモーションもやっている。言ってしまえば社長も経理も人事も、営業も広報も美佳子がやっている。

 小さな事務所だからギリギリやれているだけで、リスナーや咲人が思っているよりもバリバリと仕事を処理している。

 それを思えば日常生活がこうなるのも致し方ない。…………致し方ないのか?


「はいはーい、なぁに〜? さやちゃん」


『良かったわ起きてて』


「そりゃ流石に起きてるよ〜」


『アンタ、この前酔って爆睡してたじゃないの』


 美佳子のスマートフォンに電話を掛けて来たのは、昔から親交のある友人。同い年でモデル仲間だった女性、竹原沙耶香たけはらさやかと言う女性だ。

 美佳子と同様に美しい大人の女性だが、美佳子の様に自堕落で滅茶苦茶な暮らしはしていない。

 モデルを辞めた後は東京の出版社に就職し、今ではファッション誌の編集長をやっている。少し前に結婚していて、小さな子供も居る。

 もちろん家事が出来ないなんて事もなく、仕事も家庭もしっかり両立させている。2人は高校生の頃から付き合いがあるが、生き方は殆ど真逆だった。


「そう言う時もあるよね〜」


『そう言う時の方が多いのよ美佳子は』


「たはは〜」


『笑い事じゃないからね?』


 この2人はずっとこんな関係性だ。自由奔放な美佳子と、何事もしっかり計画的にやりたい沙耶香。

 わりと破天荒な人間である点だけは共通しているが、それ以外はバラバラだ。しっかり者の沙耶香が手綱を握り、美佳子が引っ張られて来た。

 今となっては10年以上の付き合いとなっており、変わらぬ美佳子に呆れる沙耶香の構図が定番となっている。

 良い意味で言えば変わらぬ2人であり、悪い意味で言えば成長しない美佳子であった。


『まあ良いわ。美佳子、今週末こっち来れる?』


「ん〜ちょっと待ってね〜……あっ、やば」


『…………何か凄い音したけど?』


「あはは、大丈夫大丈夫!」


 スケジュール帳を取ろうとした美佳子が、積まれたゴミをひっくり返していた。普通はそうならない様に、重要な物の周辺ぐらいは綺麗にする。

 しかし美佳子には、その普通と言う感覚は存在しない。落ちた拍子に少し残っていた、缶ビールの中身がフローリングの床にぶち撒けられた。

 美佳子は何食わぬ顔で、適当にその辺を転がっていた紙袋で拭き取った。もちろんその紙袋は適当にその辺にポイだ。

 この事後処理をするのが咲人の仕事である。溢れたビールの匂いが室内に漂うが、美佳子は全く気にしない。

 ただの嗅ぎ慣れた匂いでしかないからだ。当然その処理も咲人が…………頑張れ東咲人あずまさきと君。


「うん大丈夫〜! 何かあるの?」


『10代向けに女性配信者の特集を組む予定でね』


「そう言う事ね〜了解了解」


『ちゃんとした服装で来なさいよ?』


「おっけーい」


 美佳子はスケジュール帳に、必要な情報を書き込む。意外にも美佳子は、そう言う事だけはちゃんと出来る。

 私生活が非常によろしくないだけで、仕事に関する事は真面目にやる。でなければグータラ生活が出来ないからだ。

 グータラする為に仕事をする、やりたくない事は稼いだお金で解決する。それが美佳子の生き方であった。

 好きなだけお酒を飲み、好きなだけタバコを吸う。外に出て働くのは面倒だから、家から出ずに自宅で配信をするのだ。

 配信者としての才能が無ければ、ただの社会不適合者でしかない。物凄い甘口評価で表現するならば、上手い事丸く収まったと言う所だろう。


『アンタさぁ、いい加減ちゃんとしなさいよ?』


「大丈夫でーす! 新しい家事代行をゲットしたからね!」


『そう言う問題じゃないから……』


「今度は爽やかな好青年なんだ!」


 全く話が噛み合っていない。大人としてしっかりしなさいと沙耶香は諭している。対して美佳子は、自分で何とかすると言う選択肢がそもそも無い。

 今更自分で家事が出来る様になろう等とは考えもしない。だって美佳子はやりたく無いのだから。

 やりたく無い事はやらなくて良い事であり、解決策もあるのだから既に終わった話なのだ。

 ある意味では潔い考え方とも言える。一般的な視点で言えば、だいぶ終わっているとしても。


『高校生雇ったの!? アンタさぁ、手を出したりしてないでしょうね?』


「失礼しちゃうなー! そんな事やる筈ないでしょ」


『ママ活とか、変な事しないでよね』


「しないしない。向こうもボクなんかより、若い子の方が良いに決まってるよ」


 咲人は美佳子が自分を異性として見ていないと思っている。そして美佳子もそれは同じだった。まだこの時は2人とも、お互いにそう思っていた。

 初めて会った時から、何となく感じていた相性の良さ。一緒に居ても違和感がなく、居心地の良さを無意識に感じている事に気が付いていない。

 2人とも初めてだったからだ、そんな異性と出会った事が。一緒に居て当然と思える様な相手を知らなかった。それを自覚するまでは、まだまだ時間が掛かるだろう。

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