第10話 サブリミナル美佳子

 多少のアクシデントはあったものの、どうにか家事代行のバイトと学生の両立は出来そうだ。

 すぐゴミだらけになる篠原しのはらさんには困ったものだが、彼女のお陰で収入になるのだから文句はない。

 ただこう、どうしても勿体ないなぁと言う気持ちは消えない。配信業で成功している女社長で、美人でスタイルも良い。


 自分ではすぐにおばさんなんて言うけど、20代と言われても分からないぐらい若々しい。

 それに昨日初めて知ったのだが、あの高級マンションにもう1室所有している部屋があるらしい。すぐ隣の部屋で、今は知り合いに貸しているとか。

 高収入で容姿に恵まれ、資産もしっかりある。どう考えても優良物件なんだよな。あの残念さが無ければ。


「なぁにボーッとしてんだよ咲人さきと


「ああいや、何でもない」


「おっ、女子でも見てたのか? 澤井さわいは人気あるよなぁ」


 筋トレを終わらせてグラウンドで考え事をしていたら、一哉かずやに余計な勘違いをされてしまった。

 俺は女子陸上部の練習風景を眺めていたのではない。最近知り合った残念な女性の、生活改善について考えていただけだ。

 決して同じ1年2組で陸上部所属の、男子に人気がある澤井さんを見ていたのではないのだ。

 澤井さんは確かに可愛いと思うけど、特別な感情はない。そもそも得意種目も違うから、接点もそれほどないしな。

 俺は長距離走で、澤井さんは走り幅跳びだ。彼女は今も綺麗なフォームで跳躍している。


「ん〜〜良い揺れですなぁ」


「は? 何の話をしているんだ?」


「お前、馬鹿か? 澤井の乳に決まってるだろ?」


「お前さぁ……」


 ただのスケベオヤジじゃねぇか。どこを見ているんだよ一哉は。踏み切りの美しさとか、フォームの綺麗さとかそう言う所を見ろよ。

 大体普通にセクハラだからな。もし仮に気付いたとしても、触れないでいるのがマナーだろうに。このご時世にまあ良くやるよ。

 最近じゃあ、そんな昭和のノリで女子更衣室を覗いて、警察に捕まる奴だって居ると言うのにさ。

 もし万が一覗きに誘われても、俺は絶対に付き合わないからな。今は令和の時代で、セクハラオヤジみたいな行為は許されないのだから。


「咲人、お前って性欲ないの?」


「……別にそうじゃないけど」


「その割には、こう言う話には乗って来ないよな」


 そりゃあ俺だってさ、中学時代はパンチラにドキドキした事もある。下着の色が透けている事に気付いて、つい見てしまった事だってあるさ。

 興味がないのではないし、性欲だって無い訳ではない。ただ何だろうな、最近極上と最悪を併せ持つ人を見たからかな?

 あんまりこう、女子に必死になろうと言う気になれない。こんなに可愛い子でも、家に帰るともしかしたら……と言う気持ちが湧いてしまう。

 あの汚部屋が脳裏に浮かぶと、急に萎えてしまうと言うか。あれは特殊な例だと分かっているけど、サブリミナル効果みたいに篠原さんがチラつくんだよな。

 やあ咲人君! と言いながら缶ビールに囲まれた残念な姿が。それだけであのアルコールとタバコの匂いが蘇る。


「なんつーか、女性の現実を知ったからかな……」


「はぁ!? え? 何? お前もしかしてヤッたの!?」


「ち、違う違う! 彼女すら居ないわ!」


「何だよ、思わせぶりな事言うなって」


 その方向性じゃないんだよ。見た目の美しさだけが、女性の全てではないという事についての話だ。

 良いのか悪いのかは分からないが、幻想は抱かなくなったよな。母親が居なかったから、余計に神聖視していた部分もあるし。

 リアルな女性の日々を見て、落ち着いてしまった感は否めない。流石に俺だって、アイドルはトイレに行かないなんてレベルの話を信じてはいない。

 ただ知らなかった現実を見たと言うだけ。まあ、今の内に知れて良かったのかなとも思う。これは噂に聞く、蛙化ってやつなのだろうか?


「だったらさ、今度の日曜お前も来いよな!」


「日曜? 何かあったか?」


「体育会系の女子達とカラオケだ! 感謝しろよ? 俺が企画したんだぜ」


「行くのは良いけど、変なノリは嫌だぞ?」


 一哉は中々にチャラい男だ、何を言い出すか分からない。合コンみたいな事をやるならお断りだ。

 楽しく遊ぶだけなら良いけど、誰かと誰かをくっつけようとしたりするのは好きになれない。

 中学時代にはそれで、まあまあ面倒な事になった事もあるしな。もうあの空気を味わうのだけは御免だ。

 他人の恋路に余計な横槍を入れるべきじゃない。当事者達に任せておくのが一番良いんだ。ま、そうは言っても他人の恋バナは人気なんだけどさ。


「大丈夫大丈夫! ただの親睦会だよ」


「それなら良いけど」


「ちゃんと澤井も呼んであるぜ!」


 良い仕事しただろってドヤ顔を決めるな。俺は澤井さんに対して特に何も思っていない。彼女はただのクラスメイトでしかない。

 同じ陸上部員として、親睦を深めるのは興味があるけどさ。走り幅跳びのコツとか、聞いてみたいとは思う。

 俺はあんなに綺麗に跳べないからな。陸上競技について、話し合うのなら大歓迎だ。俺は長距離走以外がどうもイマイチだし、色んな意見を聞いてみたい。

 もちろん他のスポーツにも興味がある。秋になれば球技大会もあるし、球技系の部員とも仲良くなっておいて損はないだろう。

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