第9話 家事代行初日

 篠原しのはらさんとは既に連絡先を交換済みだ。メッセージアプリで今から行きますと連絡を入れて地元の高田たかだ駅を出る。

 高田町は比較的裕福な家庭が多い土地なので、大きな家がちらほら見受けられる。俺が暮らしている美羽みう市は、北に行く程お金持ちの住む家が多いと言われている。

 本当かどうかは知らないけど、芸能人が住んでいる所もあるとか。そっちは知らないけど、実際人気の配信者が住んでいる。

 あれから調べてみたけれど、篠原さんが演じている園田そのだマリアと言うVtuberは凄い人気だった。

 俺には理解が出来ない価値観だけど、あの残念な生活具合がファンに受けていた。分かり易い欠点がある方が、異性にモテると言う説が正しいと言う事なのか?


「篠原さん、咲人さきとです」


『お、来たね〜待っていたよ』


 マンションの玄関ホールに設置されたインターホンで連絡を取る。高級マンションなので当然オートロックが採用されている。

 俺はまだ見た事がないけど、管理会社による定期的な巡回もあるらしい。どちらかと言えば女性の住人向けの物件らしく、その辺りはしっかりしているみたいだ。

 美羽市ではあんまり大きな事件を聞かないけど、安全に気を遣うのは良い事だと思う。ストーカー被害も全く無い訳では無いのだから。

 特に路上で倒れている様な、酒浸りの女性が住む物件なら尚更だ。そんなちょっとアレな女性の住む部屋の前で、再びインターホンを押す。


『開いているから入って来て』


「分かりました」


 さあバイト初日だと気合いを入れて玄関を開けると、既にゴミなどが散乱していた。あれから1週間も経っていない筈なんですが?

 たった数日でもうこの有り様なのか? だから週3回も必要だと言う事なら、理解したくはないけど分かってしまう。

 適当にコンビニやスーパー等の袋にブチ込まれたゴミ達が、俺を出迎えてくれた。これほど嬉しくない歓迎を受けるのは篠原さんの家ぐらいだ。

 せめてゴミの日に出しに行くという選択肢はないのだろうか。1階まで降りるだけだろうに。

 なぜこうして貯めてしまうのか、全く意味が分からない。貯めるのはお金だけにして欲しい。


「はぁ……こんばんは」


「やあ咲人君! 待っていたよ」


「あの、今更なんですけど……ここのゴミの日ってどうなってます?」


「それをボクが把握していると思うかい?」


 うん、ですよね。そんな気しかしませんでしたよ。ここは俺の家とは住所が違うので、同じでは無い可能性もあるが大体は同じ筈だ。

 俺達が住む北区だと、例えば燃えるゴミは月水パターンと火木パターンがある。出来れば後者であって欲しい。

 帰る時にマンションのゴミ置き場に下ろせる。そして何よりも大事なのは缶やビンの日だ。篠原さんは兎に角ビール缶のゴミが多い。

 俺の住んでいる町内は木曜日だが、この辺りの地域がうちの家と違う場合は中々面倒な事になる。

 うちは燃えるゴミが火木で、缶やビンが木曜日回収だ。同じだったら分かりやすくて助かるのだが……。


「あぁ、良かった。うちの町内と一緒だ」


「そうなんだ?」


「ゴミの日ぐらい知っておいて下さいね」


 スマートフォンで調べたら、すぐに判明したので助かった。プラスチックまで同じなので、脳死で捨ててしまって大丈夫だろう。

 高級マンションだけに、その辺りは厳しいだろうしな。間違えてご近所トラブルになるのは御免だ。

 金属類は、そんなに出ないだろうし別に良いか。今必要な情報ではないしな。最悪ちょっとしたものなら持ち帰れば良い。

 小型金属類はうちの町内だと、第一月曜日だったと記憶している。これでゴミ捨てに関しては解決した。それじゃあさっさと始めるとしよう。


「じゃあ先ずは掃除からやりますね」


「ボクも手伝うよ」


「いえ、お金を頂く以上は俺が1人でやりますよ」


「そう? 別に構わないのに」


 そもそも自分で出来る人なら、先ずこうはならないんだよな。お金を貰うからと言うのも本当だが、大人しくしていてくれた方が俺も楽だ。

 掃除って人によって結構やり方が違う。変にやり方に関して煩わされたくはない。……それにしても本当に良く酒を飲む人だな。

 1日にどれぐらい飲んでいるんだ? ちょっと来なかっただけでこれ程に溢れ返るとはなぁ。

 篠原さんは酒豪ってやつなのかも知れないな。おっと、このハンバーガーショップの紙袋まだ中身が入って…………ちょっと待てよ。


「篠原さん……流石にこれはお任せします」


「うん? あ、ごめんごめん。流石に触りたくないか」


「いえ……そうでは無いんですけど」


 なんでバーガー屋の紙袋に下着が入っているんだよ。何の警戒も無しにしっかりと見てしまっただろ。

 赤……いやもう良いとりあえず下着は駄目だろ流石に。篠原さんからしたら俺はガキかも知れないけど、俺だって男なんだから気をつけて欲い。

 触りたくないとかじゃない、むしろ刺激が……いやいや兎に角もう忘れろ。それにしても、まさか下着まで放置するタイプだったとは……。

 それぐらいは自分でやっていると思っていたのに。ていうか、これから俺が洗濯するのか? 篠原さんの下着を?

 幾ら言動がアレとは言っても、篠原さんは美人な女性だ。そこに何ら違いはない。だが業務としては洗濯も含まれている。

 これは一体何だ? 精神修行か何かなのか? 俺は天に試されているんですか、母さん?

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