第4話 大人のガチ土下座
「本当に、申し訳ございません」
「いや、別に……あんま気にしてないので」
俺は今、大人の女性に土下座をされていた。それはもう綺麗な土下座だった。本人が美しいとかそう言う問題ではなく、これほど姿勢の良い土下座を俺は知らない。
人生でこんな経験をした高校生が他に居ると言うなら、是非とも教えて欲しい。どうしたら良いんだよこの状況。
何事も経験だと聞くけど、こんな意味不明な経験が何の役に立つと言うのか。致し方ない事故だったし、帰らずに残っていた俺にも非はあるのだ。
つい片付けをしてしまったが、普通に考えたら通報されてもおかしくない行為だ。だからその点については、お互い様と言う事で終わらせませんか?
「お金ならそれなりにあるから……」
「慰謝料とか求めませんから!」
「さ、30過ぎのおばさんで良いなら、胸とか触っとく?」
「俺を何だと思ってますか!?」
本当に怒っていないし、何も求めるつもりはない。シャワーも貸して貰ったし、体操服はクリーニングに出して後日返して貰える。
俺としてはそれで十分だ。それにおばさんと言うにはまだまだ早いと思う。少々残念な所はあるけど、美人だし全然若々しい。
魅力的かと聞かれたら十分なのでは無いだろうか。ただ言動でプラマイゼロになってしまうと言うだけで。
発言とか汚部屋具合とか、そう言った所から伺えるアレな所が足を引っ張っているだけだ。
それさえなければ、1人の思春期男子としては非常に美味しいシチュエーションなんだよな。篠原さんがこう言う人で無ければ。
「本当に気にしてないんで、もう土下座は止めて下さい」
「本当に良いの? 後で警察とか来ない?」
「被害届けも出しませんから!」
どれだけ心配なんだよ。それとも俺が厄介そうな奴に見えるのだろうか? そんな風には……見えないと思うんだけどな。
ごく普通の男子高校生だと思っているんだけど。外見だって、妙に厳ついからと怖がられていたりもしない。
どこまでも平凡で普通な筈だ。変態的にも、見えていない、と思いたい。少なくとも女子にキモいと言われた事は無い。
普通に仲の良い友達も居るし、大丈夫な筈だ。特別女子にモテたりもしないだけで。…………何かこんな反応をされると、ちょっと不安になって来るな。
「あの、俺ってそんな変な奴に見えます?」
「いいや? 健康的な好青年という感じだね」
「は、はぁ? それはどうも、ありがとうございます?」
とりあえずヤベー奴認定をされているのでは無いらしい。その事については先ず一安心だ。
俺が勝手に嫌われていないと勘違いしていただけで、実際には学校で滅茶苦茶嫌われていたなんて悲しい状況では無いようだ。
じゃあ何でこんなに気にしているのだろうか。俺が良いと言っているのだから、もう普通にしてくれれば良いのに。
それが未成年と大人の差なのかな。謝罪会見とか、滅茶苦茶謝っているしな大人って。部下の不始末でも、偉い人が頭を下げたりしているし。
「どうしてそんなに気にするんです?」
「男性へのセクハラだって認定される時代だからね」
「あぁ……確かにそうですね」
「それに私は、自分がまともだとは思ってないからね!」
何故自信満々に宣言するのか分からないが、その自覚はちゃんとあるみたいだ。こんな滅茶苦茶汚い部屋で生活をしていて、普通だと思っていたら逆に怖いもんな。
そんな事に安心して良いのかは微妙な所ではあるけど。ともかく何事も謙虚なのは良いと思う。
ただ生活の方ももう少し、謙虚と言うか普通にして欲しくはある。酔って路上で倒れていたり、とんでもない汚部屋だったり。
そんなアレ過ぎる生活さえ改善すれば、凄く魅力的な女性に見えるのになぁ。凄く勿体ないと思う。
「それにしても、君は掃除が上手だね?」
「そうですかね? 毎日やっているからかな?」
「もしかして、君は家事の類が得意なのかな?」
「まあ、そうですね。料理とかも一通り出来ます」
うちは昔から父子家庭で、家事は大体俺がやっている。俺がまだ幼い頃に母は亡くなり、それ以来ずっと父さんと2人で暮らして来た。
悲しいかな父さんは非常に不器用なので、家事の類がとても下手くそだ。逆に俺は母さんに似たらしく、家事関係は昔から得意だった。
裁縫だって得意だから、家庭科の先生に良く褒められていた。そんな人生を歩んで来たので、特技に家事と書けるぐらいには色々出来る。
一時期は料理人を目指す事も考えたぐらいだ。今でもちょっとだけ考えてはいる。将来の選択肢として、悪くは無いんじゃないかと。服飾系なんかも少し興味がある。
「それは良い事を聞いたよ。では咲人君!」
「はい、何でしょう?」
「君、バイトしない?」
「……は?」
何の話だ急に。と言うか変わり身が随分と早い人だな。別に構わないけどさぁ、勢いが凄い人だな。
急にテンションをグッと上げて来る。さっきまでの土下座は何だったのか。緩急の差がだいぶ激しいぞ。
もうちょっとこう、段階を踏んで欲しい。少しずつ加速して貰えないだろうか。いきなりトップスピードで来られると、こっちのテンションが狂ってしまう。
「うちで家事代行、やらない?」
「え、は? 何で?」
「やってくれていた女の子達がさ〜就活で忙しくて中々来られないんだよ」
「だから俺? どうして? 俺、男ですよ?」
今日は本当に色々と起こる日だ。今朝出会ったばかりのお姉さんに、何故か家事代行を頼まれている。
全然意味が分からないし、俺はお金を貰えるほどの腕前か分からないぞ? 自分では得意なつもりだけど、金銭を要求出来る程かと言うと自信は無い。
そんな俺なんかより、ちゃんとした業者を呼んだ方が良いと思う。今日会ったばかりの俺が、女性の家に入り浸るのも問題だろうし。
「ちゃんとした業者を呼べば良くないですか?」
「それがさ〜昔同業者の子がね、配信機材を壊されてさ」
「えっ!? そんな事あるんですか?」
「そ、だから知らない人は不安なんだ」
まさかそんなトラブルが起きていたなんて。家事代行を利用した事が無いから知らなかったな。
そう言えば昔、引っ越し業者等の様々な業種で似た様な話をニュースで見た気がする。最近ではそう言ったトラブルの報告をSNSでたまに見掛ける。
ちゃんとした所だと大丈夫なんだろうけど、じゃあどこだったら安全なんだって言う話にはなるよな。
女性の一人暮らしなら、尚更不安に思うだろう。ただそう言う意味では俺も同じじゃないのか?
俺がもし何かしたらどうするんだよ。そんな事をやるつもりは一切無いけど、今日初めて知り合っただけの男である事は変わりないわけで。
「俺も知らない人ですよね?」
「君は悪い人には見えないからね」
「そ、そんな理由で?」
「ボクはね、人を見る目に自信あるんだ」
その後も色々話し合ったけど、結局破格の条件に負けて引き受ける事にした。男手1人で育ててくれた父親に、少しでも親孝行がしてやりたいと思ったから。
それに篠原さんの生活が、ちょっとだけ心配になったのもある。そんな理由で始める事になったバイトが切っ掛けで、俺の生活は少しずつ変化していった。
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