第3話 酔っ払いには注意しよう

 俺が暮らす美羽みう市と言う土地は、どこにでもある様なごく平均的な地方都市だ。山もあるし海もある。

 商業施設もそれなりにあって、買い物に困る程ではない。有名チェーン店がうちの県内にだけ無いと言う様な事もない。

 車が無くても生活に困らなくもないが、無いよりはあった方が良い。そんな平凡で平和なごく有り触れた日々を過ごせる街……だった筈なんだけどなぁ?


「はぁ……何やってんだろうな、俺」


 酔っ払いのお姉さん、篠原美佳子しのはらみかこさんを自宅まで送り届けたまでは良い。非常に残念な感じなのに、何故か高級マンションに住めているのも良いだろう。

 しかしそんな良い所に住んでいると言うのに、とんでもないお部屋だった。お部屋って言うか汚部屋なのだが。まあ兎に角色々なゴミが散乱している。

 と言うかビールどんだけ好きなんだよこの人。玄関から廊下、リビングに掛けて何処を見ても缶ビールの空き缶が転がっている。

 しかもヘビースモーカーらしく、複数の灰皿がパンパンになっている。このアルコールとタバコが合わさった独特の匂いが何とも言えない。

 父親で慣れているから平気だけど、学校に居る女子の部屋に憧れている奴らがこれを見たらどう思うだろうか。


「いやまあ、俺もちょっとガッカリしたけどさ」


 初手から酔っ払いと言う醜態を見ているので、それ程のダメージでは無いがダメージはダメージだ。

 何となくあった美人なお姉さんに対する、綺麗なイメージ像がガラガラと崩れて行く音がする。

 もちろん全ての女性がこうでは無いと分かっている。ただ動画配信サイトでたまに見かける汚部屋特集を見る限り、こんな生活をしている大人の女性もそれなりに居るんだよな。


 女性に幻想を抱いていたつもりは無いが、男子としての憧れみたいな物が儚く散ってしまったのは間違いない。

 そんな事を考えながら、今朝会ったばかりの女性の部屋を片付けていく。そんな義理は全くないのだが、どうにも散らかった部屋を見ていたら我慢出来なくなった。

 陸上部の友人に、体調不良で今日は休むと伝えてまでやる事かと言えば絶対に違うだろう。


「本当に、何をやっているんだろうな……」


 性分なのだから仕方ない。俺は散らかっていたら片付けたくなる。部活でもそうだ、昔から道具は必ず片付ける主義だ。

 誰かに任せたりはせず、必ず片付けてから帰る。ゴミが落ちていたら拾うし、それは何処にいても変わらない。

 だからだろうな、この部屋を見ていたら放っておけなくなったのは。女性の部屋に勝手に上がり込むのもどうかと思ったが、このまま放置して帰る方が駄目な気がした。

 散らかっている方が分かると言う人も居るけど、この部屋は絶対に違う。だってゴミの山から銀行のキャッシュカードが出て来たんだ。

 絶対にこれ、何処に何を置いたか分からないタイプの人だろ。この有様で把握していたらむしろホラーだ。


「うん? この人って、配信者なのか?」


 片付けて回っている内に、それらしい部屋を発見した。多分これ、防音室ってやつじゃないのか? 他の部屋と何となく違う様に見える。

 そんな露骨な差ではないから、気の所為かも知れないけど。ただ前に見た配信者の部屋と良く似ている。ゴミが散らかっている事以外は。

 多分ゲーム系の配信をしている人なのか、立派なパソコンが置かれている。その上には缶ビールの空き缶が積まれているけど。

 あれ倒れたら終わりじゃないのか? 多分結構高い筈だぞゲーミングPCっぽいし。良くもまあ缶ビールの空き缶を直接置けるな。

 単なる金銭感覚の違いかも知れないけど。少なくとも高級マンションに住めるぐらいにはお金がある様だし。


「あれ〜? さっきの男の子だよね?」


「あ、起きたんですね。失礼かと思ったのですが、どうしてもゴミが気になってしまい」


「え、これ君が片付けてくれたの? 何かごめんね、ボクって片付けが苦手でさ」


 苦手ってレベルではないと思うけどね。最早散らかす才能の方を疑うべきだ。どうやったらこうなるんだよ。

 それはそれとして2時間ほどの睡眠から起きて来たお姉さん、篠原さんはこうして見るとやはり美人だ。

 しかし酒浸りでヘビースモーカーのちょっと変わったお姉さんだ。しかも部屋が汚い。災害級に汚い。


 プラスの要素をマイナスの要素が消し去り、何かこうイマイチムードがない。大人の女性と部屋で2人きりだと言うのに、ドキドキする要素がまるでない。

 未だに散らかったゴミの山が気になって、そう言う空気にどうもならない。まさかとは思うが、俺が若くして既に枯れているのでは無い筈だ。

 実際さっき肩を貸していた時は……いやあれは早く忘れよう。何かこう、失礼と言うかラッキースケベ的なアレだ。いつまでも覚えているのは結構気持ち悪いだろう。


「ゔっ……」


「え、大丈夫ですか? まさか、何処か悪かったんですか?」


「あ、ちょ、待って」


 急に体調を崩した様に見えた篠原さんに、何も考えずに近付いた俺が悪かったのだろう。

 あまりにも普通に話し掛けられたのと、勝手に女性の部屋を片付けた負い目から忘れてしまっていた。

 この人は酔っ払いで、2時間ぐらい前まで泥酔していたと言う事実を。そんな人が青い顔をしたら、何が起きるかは言うまでもない。

 なあ全国の男子高校生達よ、君は美人なお姉さんにゲロを浴びせられた事はあるか? 俺はあるぞ。

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