第2話 路上で拾ったお姉さん

 全国の高校生男子に聞きたい。君は路上で倒れている女性を見つけたらどうする? 知らない人だから見なかったフリをする?

 それともとりあえず声を掛けてみる? 一旦救急車を呼ぶだろうか? 俺はとりあえず意識があるか確認する為、一応声を掛けてみたんだ。

 近くで見たら結構美人な大人の女性だったので、流石に一瞬ドキドキした。セミロングの綺麗な黒髪に、長い睫毛と形の良い輪郭。

 薄い唇に鼻梁の通った顔立ちが、眩しいぐらいに輝いている。でもそう思えたのは一瞬だけだったよ。

 せっかく美人でスタイルも良さそうなのに、安っぽいジャージ姿だ。そして何よりも、それ以上に全てを台無しにする要素があった。


「めっちゃ酒臭ぇ!?」


「いや〜〜ごめんねぇ助けて貰って」


「それは構いませんけどね!」


 高校生になって、最初の連休で俺は何をやらされているのだろうか。陸上部の練習に行こうと思って家を出たら、路上で倒れている女性を発見した。

 もし何かの病気だったらと思って、声を掛けてみたらただの朝っぱらから酒浸りのお姉さんだった。

 いやね、まあ大人には色々あるらしいからね。連休の朝ぐらいお酒に溺れても仕方ないのかも知れない。

 その辺りは未成年の俺には分からない。ただどうして俺は、朝から酔っ払いの世話をしているのだろうか。

 父親で酔っ払いには慣れているけど、女性の酔っ払いを介抱するのは初めてだ。肩を貸して歩いている為に、左腕に感じる柔らかい感触を必死に考えない様にするので精一杯だ。


「あ〜そうだ! まだ名乗ってないよね〜ボクは篠原美佳子しのはらみかこだよ」


「え、ぼ、ぼく? あ、その……俺は東咲人あずまさきとです」


「咲人君か〜宜しく〜あぁそこ左ね〜」


 ベロベロに酔ったお姉さんの誘導に従い、彼女の自宅へと送り届ける為に2人で歩んで行く。

 何でこんな事をしているんだと言う自問と、これはこれで役得ではないかと思う気持ちがせめぎ合う。

 綺麗な大人の女性が放つ色香が…………全くしないわ酒の匂いしかしねぇよ。あと薄っすらタバコ臭い。


 何だよこの良いんだか悪いんだか、良く分からない状況は。スタイルはどうも良いらしいけど、そんな女性でも全体重を預けられると中々の重量だ。

 介護職の厳しさが良く理解出来たよ。例え女性でも、人間を1人を運ぶのは思った以上に大変だ。

 父親なら放置する所だけど、流石に女性を相手に今更放り出す気にはなれない。


「君、結構カッコイイ顔してるね〜」


「は!? 急になんですか!?」


「味噌汁は赤出汁派だよ!」


「聞いてませんけど!?」


 駄目だ完全にただの酔っ払いだ。全然会話が通じない。多分本人も何を話しているかあんまり自覚が無いのだろう。

 たまに意識がハッキリしている様に見えて、会話をすれば支離滅裂。泥酔した人間なんてこんなものだ。

 幾らこんなに美人なお姉さんでも、この状態で会話しても面倒臭いだけだ。なるべく早く自宅に送り届けて、さっさとお暇してしまおう。


 しかしそれにしても、この辺りに居酒屋は無かった筈だ。住宅地としてはわりと裕福な層が暮らす地域だ。

 こんな風に酔っ払いが路上を転がる様な場所ではない。まさかと思うけど、滅茶苦茶遠い所に住んでいたりしない?

 その場合はもうレッツ交番だ。あとは警察のおじさん達にお任せしよう。酔っ払いを連れて彷徨い歩きたくはない。


「あ〜そこ右ぃ〜その先のマンションだよ〜」


「え、確かそこって……」


「ここだよ〜ボクの家〜」


「……嘘でしょ」


 そのマンションはこの辺りでも特にお高い事で有名な物件だ。俺が住む美羽みう市北区高田たかだ町にある、パデシオン高田と名付けられた高級マンションだ。

 遠くなかったのは幸いだけど、この残念……少し変わったお姉さんが住んでいるとは意外過ぎる。

 こんな野暮ったい真緑のジャージ姿の女性が、高級マンション住まい? 本当なのだろうか。

 なまじ酔っ払いなだけに、勘違いしている可能性も捨てきれない。住人に不審者扱いされて、通報されないか不安になって来た。

 酔っ払いのお姉さんと2人で、朝から警察のお世話にはなりたくないぞ。


「ちょ〜っと待ってね〜……あったあった」


「あ、ちゃんと住人なんだ」


「オープーン!」


 高級マンションだけあって、カードキータイプの鍵が使われていた。お姉さんがカードキーを端末に差し込むと、玄関ホールの扉が開いた。

 高級マンションに忍び込もうとした、2人の不審者ルートはどうにか回避出来たらしい。あとはこの人を部屋に送るだけで任務は完了だ。

 アルコールとタバコが混ざった匂いとは、これでおさらば出来る。どうせ酔っ払いだし、俺の事なんてすぐ忘れるだろう。二度と会う事はない。

 そして俺もこの事は忘れよう。見知らぬ男子高校生に、自宅を知られて喜ぶ女性は居ないだろうし。


「やっぱ中も綺麗なんだなココ」


「でしょ〜〜しば漬けだよね」


「漬物の話はしていませんから」


 地方都市とは言え高級マンションの7階という、中々に良いお値段がしそうな篠原さんのお宅に到着。

 当然ながら玄関もカードキー式になっており、解錠して貰って玄関にお姉さんを降ろそうとした時だ。

 開けたドアの前に広がった光景は、床が見えないぐらい溜まったゴミの山。玄関まで侵食している、缶ビールとエナジードリンクの空段ボール。

 有名なハンバーガーチェーンの食べ終わったゴミ。出前サービスで頼んだらしい牛丼屋の空容器。

 飲みかけらしいミネラルウォーターのペットボトルが複数。他にもまあ色々と散らかり放題だ。


「おいおい、嘘だろ……」


「ぐぅ……」


「あ、ちょ! お姉さん! 寝ないで!?」


 床に倒れ込む様に、帰宅した安心感からか篠原さんは眠ってしまった。こんな時、どうしたら良いのか誰か教えてくれ…………。

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2024年12月1日 20:20

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