Part5 : 作戦の第一歩


翌日の昼休み。 紗良の話題を出せばいいだけ…。そう心に言い聞かせら、件の人の元に向かった。

 

「なあ、翔。」


俺は、パンをかじる翔に話しかけた。昼休みの教室はいつも騒がしいけど、こんな日常的な空間が今は妙にありがたく思える。


「ん?」


口いっぱいにメロンパンを詰め込みながら翔が振り返る。その無邪気な顔を見ていると、「こいつが今、誰かに片思いされてることを知らないんだな」と考えてしまった。


「……最近、誰かに告白されたりとか、そういう話ないの?」


「は?なんだ急に?」


翔は目を丸くしながらパンを飲み込む。


「いや、別に。ちょっと気になっただけだよ。」


「あー、でも最近やけに女子に絡まれること多いな。昨日なんか、誰かが俺の机にチョコ菓子置いてったんだよな。ホワイトデーはまだ先だっつーの!」


翔がケラケラと笑いながら話すのを聞いて、俺は心の中で「やっぱモテるなぁ……」と感心した。


「そうなんだ。でもさ、翔って、どんな子がタイプなんだ?」


「おいおい、急にどうした?お前、そんな話するタイプじゃねえだろ。」


確かに普段はこんな話しないけど、今日は特別だ。遥香の指示を思い出しながら、俺はなるべく自然に話題を切り出すことを心掛けた。


「いや、別に深い意味はないって。例えば、静かで優しい子とか、逆に元気で明るい子とかさ。」


翔は考え込むように腕を組んだ。


「そうだなぁ……どっちかっつーと、地味でもいいから、なんか特別な趣味とか面白い話題がある子かな。自分の話ばっかするやつは疲れるけど、ちょっと変わった話とかしてくれる子ならいいかも。」


「へえ、なるほどな。」


俺は心の中で拍手した。紗良のことが少しでも翔の理想に近いことが分かって安心したけど、そこからどう繋げるかが問題だ。


「例えばさ、紗良とか……どう思う?」


できるだけ自然に名前を出したつもりだったけど、翔の手がピタッと止まった。そして、ゆっくりと俺の方を振り返る。


「……お前、なんで紗良の話するんだ?」


「えっ……いや、ちょっと気になっただけで。」


「お前、紗良のこと好きなの?」


「はあああ!? ち、違うって!」


俺の声が妙に大きく響いて、周りの生徒たちが一斉にこっちを見た。慌てて小声になりながら続ける。


「いや、なんか最近、紗良が頑張ってる感じがするし、翔に話しかけたら面白いことになりそうだなって思っただけ!」


翔はジッと俺を見つめていたが、やがて小さく笑った。


「お前、変なやつだな。でも、紗良って面白い子だよな。こないだも、図書室でめちゃくちゃ真剣に小説読んでたの見かけたし。」


「あ、そうなのか。」


「うん。しかも、その本が探偵小説でさ、読みながらメモまで取ってた。何調べてんのか気になるよな。」


翔の言葉を聞いて、俺は少し驚いた。紗良のそういう一面を知ってるなんて、翔は思ったよりちゃんと見てるんだな。


「ま、そんな感じだな。お前が紗良に興味あるなら応援するけど?」


「だから違うって!」


俺は大声で否定しながら頭を抱えた。こんなんで本当に作戦がうまくいくのか……。



その夜、俺はベッドの上に寝転びながらスマホを耳に当てていた。電話の相手は、もちろん藤原遥香だ。


「翔は、紗良が探偵小説好きなこととか、結構覚えてたんだよな。」


「なるほどね。」


スマホの向こうから聞こえる遥香の声は、いつもと同じ冷静さだった。俺が今日あったことを淡々と話すたびに、彼女は短い合いの手を入れるだけ。それでも、聞いてないわけじゃないのが分かる。


「じゃあ次は、その趣味を話題に二人を繋げる方法を考えましょう。」


「だよな。でも、どうやって話すきっかけを作るんだ?俺が誘導しても、翔に怪しまれるだけだろ。」


「心配しないで。自然な形でやるのがポイントよ。」


そう簡単に言うけど、実際にやるのは俺なんだぞ……と思いつつも、俺はスマホを握り直した。


「にしてもさ、なんでわざわざ電話でやり取りしてるんだ?直接話したほうが早くないか?」


この電話が始まるときから、ずっと気になっていたことをつい聞いてしまう。遥香は少し間を置いてから、やけにあっさりと答えた。


「単純よ。『家で準備する時間』が欲しいから。」


「準備?」


「明日のスケジュールを確認したり、依頼者のことを調べたりね。直接会って話すのもいいけど、移動や拘束時間が無駄になるでしょ。」


「あー、そりゃそうだけど……そんな計画的だったのか。」


俺は妙に感心しつつも、遥香の抜け目のなさに驚いていた。遥香はいつも冷静で完璧に見えるけど、その裏ではちゃんと効率を考えて動いてるんだな。


「逆に言えば、あなたはただ電話に出て、今日の出来事を報告するだけでいいのよ。」


「俺、駒扱いされてない?」


「気のせい。」


本当に適当だな、こいつ……と思った瞬間、不意に彼女がぽつりと呟いた。


「……意外と、見てないようで人は見てるのよ。」


「え?」


「私も……昔、痛感したことがある。」


「どういう意味だよ?」


聞き返す俺に、遥香は「ただの独り言」とだけ返して話を打ち切った。


その後、「明日の時間もちゃんと守ってね」と念押しされ、電話はプツンと切れた。冷たい電子音が耳に残る中、俺は妙な違和感を抱えていた。


あの一瞬の空気が、何か妙に胸に引っかかった。

 

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