扉を開く

第38話 次の妖精

 女神ラミーを、私は呼ぶことに成功した。だが、私の中では何故呼べたかは分からず仕舞いだ。




『シュイ。いい加減、文句言うのやめなよ』

『ボクはね! フィルみたいに、人に従うの嫌いなんだよぉ』



 花の妖精フィルと、水の妖精シュイとの言い合いが始まってしまった。言い合いを止めるに止められず、私はワタワタとするしか無い。



 それに、2人とも姿はブローチとブレスレット。妖精同士の喧嘩とはいえ、どこからか声が聞こえてくるに近い状態なのだ。




 どうすることもできない私は、大きなため息をついてしまう。そんな私の背中に、優しくフロストが手を置いた。

 以前感じたフロストの体温よりも、高くて心地よさをじんわりと感じる。




 大きな手のひらから、気にしなくていいと言われている気がする。軽く2度叩いてから、手のひらが離れていく。

 心地の良さを感じた手のひらが離れ、背中が冷えていく感覚になる。



 その冷える感じに、寂しい気持ちとが重なった。

 見上げたフロストの横顔は、もうすでにどこかを見つめていた。真隣にいるのに、どうしてか少し遠く感じる。




 手を伸ばして、フロストの肩に触れた。触れられ、フロストは私の顔に視線を落とした。

 とくに話す内容を考えてなくて、しどろもどろになってしまう。



「えっと……」

「どうした」



 なんとか手を伸ばしたからには、話を振らなくてはと頭を捻らせる。そう考えれば考えるだけ、ドツボにハマっていく。

 抜けない足を無理やり引き抜き、頭の中の言葉をとりあえず言ってみる。




「なんとか、シュイの力を手に入れられて良かったね!」

「あぁ」



 そこで会話は、途切れてしまう。触れた肩から手を離してフロストの隣を歩く。

 周りはどんどんと薄暗くなっていき、ついには灯りがないと歩けないほどになった。太陽が落ちたからではなく、段々と木々が高くそびえ立ち周囲一帯が森の中と言った具合だ。



シュトラーレン光の輝き

 


 フロストの光が、辺りを照らす。それなのに、一寸先ですら見えない。

 ザクリと踏む落ち葉に、急に秋の涼しげな風を感じる。フクロウが、近くで鳴き不気味さをかもし出している。



 怖さを肌からも感じ、足を止めてしまった。



 フクロウの飛び立つ羽と葉が擦れる音が、上空を支配している。反芻して、心拍数を上げていく。



 ――これは、進んじゃいけない気がする。



「本当に、この先なの?」

「コンパスである、ジィランがそう言っている」




 静かに、自分の仕事を淡々とこなしていた。こちらの2人の妖精は、言い合いをしていたのに。



 赤い矢印が指し示すその先には、確かに暗い森の奥の奥だ。もうだいぶ、森の中ということもある。

 それに、私は前にも同じように暗い森に足を踏み入れてきた。




 自分自身に『大丈夫』と言い聞かせ、心を落ち着けさせる。気合い十分に、私に合わせて立ち止まったフロストよりも一歩先に出た。




「よし! 行こう!」



 それに、今の私には何かあった時にと花の妖精フィルがそばにいる。彼女の癒しの力で、怪我も治ってしまうのだという。



 ――それに、女神さまが味方だ!




 そう思うと、気も楽になる。あれだけ強気のシュイですら、白旗を振った相手なのだから。

 女神さまが味方だ、というのはかなり心強い。




 自分の味方について考えれば考えるだけ、足にまとわりついた荷が降りた。軽くなる足取りに、あまつさえスキップなんかまでしてしまいそうだ。



 

「フロスト、次の妖精は誰だろう?」



 今の状況で、話す内容では無いのかもしれない。紛れつつある気持ちをそのまま明るく保つためにも、前を向けるような話題なはずだ。



 相変わらず、浮かんでいる大きなカバンの中から私の大切にしている本を取り出した。


 


 ――よくあの洪水の海の中、無事だったなぁ。

 



 どこに隠されていたのか、全くの無傷ぶりだ。中から出てきた本も、小さな汚れすらも無い。



 フロストから私の手元に、大切にしている本を渡された。裏表を確認しても、綺麗なままだった。



 もしかしたら、私のように波に当たらない相当上空で待機させられていたのかもしれない。そう思うと、魔王さまの魔法であれば可能な気もしてくる。





 フロスト照らす、わずかな灯りを頼りにページをめくった。水の妖精のシュイのページの次に、新たな話が追加されている。

 

 元からあった話に付け加えられているようで、後ろに足されているようだ。次の妖精は、色がなくとも分かるヒマワリを持つ妖精だ。ヒマワリということは、太陽をつかさどる妖精なのかもしれない。





 長い髪をなびかせて、こちらに笑顔を振りまいている。満点の笑顔からも、太陽のような輝きを感じさせる。美しい身なりに、この今私がいる暗い森にいるとは到底思えない。




 ――本当にこの森にいるのかな?




 パタンと音を立てて、本を閉じた。イラストにさえられている文字には、今まで同様になんのヒントも書かれていない。意味を感じられないことのみで、イラストだけが頼りだ。




 そう思っているのは私だけで、もしかしたらフロストにとっては大事なヒントになっているかもしれない。そう思うと、一応だが目を通しておく。

 

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