第35話 波
白い光に包まれて、落ちた身体がふわりと浮かんだ。そのまま加速し、ヒヤリとした外の空気が濡れた皮膚を撫でてた。
「っ……ゲホゲホッ」
『こんなことでダメなの?』
高めの声が聞こえてきて、口に含んだ水を吐き出した。顔を手のひらで拭って、目を開いた。するとブローチから発していた光がみるみるうちに落ち着く。
「フィルが助けてくれたの?」
『主の指示に従ったまでよ』
「ありがとう〜! 助かったよっ」
水で濡れそぼった髪を絞って、重さを軽減させる。長さがある分、水分を含むとかなり重くなってしまう。
少し軽くなったところで、私は立ち上がった。
周りを見てみると、近くに同じように濡れているフロストが立っている。
「
水が頭から滴っている状況で、氷の粒が細かく矢の如く勢いをつける。顔を覗かせていたシュイに向かって、一直線だ。
吹雪くような風が、シュイに近づく。下から上へ巻き上げるような動きになり、シュイを水の中から引っこ抜こうとしている。
「ボクには、そういうの効かないよ〜」
笑い声を上げながら、水の中に沈んでいく。風は空中で、シュイは水中だ。
何とも不利な戦いだろうか。苦虫を噛み潰したような表情のフロストに、私も頭を捻らせ悩ませる。
――どうにか……あ!
「フロスト?」
「なんだ」
「ジィランの岩の手って、使えないのかな!」
フロストは、何やら瞳を伏せて悩むような仕草をした。私の中でのイメージは、あの時に現れた大きな岩の手を水の中に落とす。そうすれば、水中にいるはずのシュイに当たる計算だ。
(我ながら、いいアイディアだ)
うんうんと、頷くほどに自分の案に勝手に賛同してしまう。フロストが主なのであれば、妖精は言うことを聞く。
私ではできないが、彼なら可能なはず。
「
コンパスが、光を放ち大きな岩の手のひらが現れる。湖全体を覆い隠せそうなほどの大きさだ。
前回見たサイズよりも、かなり大きい。
私は、目を見開いて瞬きすらも忘れて文字通り"開いた口が閉じない"状況になる。
それほどに、大きな大きな岩の手なのだ。
重さでなのか、ゆったりとした動きで軽く後ろに振り勢いをつけた。ふわっとした動きなのに、重力に従って勢いを増して水中を目指す。
私は、岩の手の動きを見ながら「まずい」と思った。先ほどの二の舞いは、演じたく無い。
絶対に、あんな想いをしたくはない。
急いで、私はフィルを呼ぶことにする。あの岩の手の動きは、呼ぶことは出来そうだ。
呼べばきっと状況を分かってもらえるだろう。
「フィル!! 助けて!」
『……え、また?』
フィルの言葉に返事をしようとしたら時、大きな水の音を立てた。岩の手が
ゆっくりとした動きで、波が大きく山を作り出した。慌てている私に対して、ブローチであるシュイは他人行儀だ。
彼女にとって私は、主人ではない。従う必要のない人という扱いなのだろう。
諦めるしかないと、なんとか自分に言い聞かせる。ごくりと喉を鳴らしていると、私のこの気持ちを察したのかまさかのシュイが助言をくれた。
『知らないわよ。あ、
「ラ?
足先から力が抜けるような勢いで、地面から足が離れた。背中に羽でも生えているかの如く、私の身体は空に舞い上がる。
ふわふわと浮かぶ感覚は初めてのことで、高所恐怖症ではないのに少しヒヤリとしてしまう。
大きな波を上から見下ろし、先ほど私がいたところにまだフロストが立っていた。
フロストもかなりの長身があるが、そんなのは比にならないほどの波なのだ。
見ているこちらが、ドキドキとしてくる。見ていられなくて、彼の手を取って、もう一度
そう頭では考えているのに、なぜか身体はいうことを聞かない。身体の重さが増す。
何が起きたか分からないが、ゼリーで固められた中を動いているかのようでうまく身動きを取れない。
「フロスト!」
名前を呼ぶだけで、精一杯だ。きっと彼なら、そんな忠告を受けなくともどうなるかの予想ぐらいできるだろう。
それでも私は、思わず声をかけてしまっていた。
その間にも波の高さは、どんどんと増していく。先ほどの高さの数倍の大きさになっていた。
空中に逃げた私の足ですら、波に触れてしまいそうだ。
それほどに、ジィランの岩の手の威力は大きいのだろう。"古代魔法"と言うぐらいだ。相当な威力があることは、間違いないだろう。
ザップンッと音を立てて、フロストは波に取り込まれてしまった。
「フロストが!!」
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