第34話 水の妖精

 水の妖精、シュイ。目元だけ覗いていた顔を水面みなもから出して、数回瞬きをする。



 そうして、ジャンプする勢いで空中に舞い上がった。彼女は体重など無いような足取りで、蓮の葉の上を飛んで移動をする。


 

 ノースリーブの服から覗く白い腕は、人形のように細くて折れてしまいそうだ。




 先ほどまで睨むような目つきだったのが、ウソのよう。ブルーの瞳を輝かせ、白い陶器のような肌はほんのり色づいている。



 口角がぎゅっと上がって、聞き取りやすい高さの声で言葉を紡ぐ。

 


「さぁさっ! ボクは、面白いことがだーいすき!」




 軽やかな身体を一捻りさせて、くるりと一回転する。フィギュアスケートの要領で、蓮の葉のリンクを駆け巡る。

 身のこなしが舞っているに近くて、目を奪われてしまう。



 シュイは、アハハと笑い声をあげて楽しそうだ。




「古代魔法をこちらに」

「はいはいっ!」



 それだけ言って、ジャンプをした。大きな水滴に変化して、そのまま池の中に吸い込まれていく。

 もはや、水なんていう不特定多数と混じってしまいシュイがどの部分かわからない。




 ――また、姿が分からなく……!



「シュイは、ここだよ〜」

 


 間延びをした話し方のシュイの声だけが、滝の音を消すようにして響く。やはり周りには先ほど一度覗かせたシュイの姿は、どこにもない。



ライ・現れよシュイ」



 その言葉で、強制的にシュイは姿を現した。蓮の葉の上にぴょんっと飛び乗り、むすりとする。



「ボクを操ろうって? そんな簡単にはいかないよ〜……ヴィルナ巨大な波



 津波を彷彿させるほどの高さの波が、私たちに襲いかかる。悲鳴をあげるよりも先に、その波に飲まれてしまいそうだ。



 兎にも角にも、隣に立つフロストの腕につかまった。目を瞑り、深く呼吸をとって肺の奥まで酸素で埋めておく。

 今見た大きな波に飲み込まれても平気であるために、出来ることをしておこうとした。



 自然な災害に、人間は敵わない。この水の波も、おそらく私なんかでは、敵うわけがないのだ。

 それならば、少しでも助かる方法を……フロストに身を任せることがいいと考えた。



 腕にしがみつき、身体を硬直させた。




 その直後、大きな水流に巻き込まれ身体がふわりと浮き上がる。濁流の波は、ひしと掴まったフロストの腕を離してしまいそうになってしまう。


 

 ぎゅっと力を入れて、勢いの増す水流に打ち勝ちなんとかそのままの体制を維持する。



 しかしながら肺に溜めた空気は、口から抜けていき萎んだ風船のようになった。水の勢いもすごく、目を開けることすらままならない。



 苦しくて、もがきたくとももがけないでいた。



 ――なんとか、この腕だけは……離しちゃダメ……



 力がするりと抜けて、腕を掴んだ手を離してしまった。電源が徐々に抜けていき、頭の中で考えていたことがスルスルと抜けて行く。

 何も出来ないまま、水を含んだ服は重たくてズンッと下へ力がかかった。逆らう力も残ってない私は、重力に従うようにリンゴが落ちるように、のまれた水の下へ落ちる。



 ズルズルと落ちていく自分の身体は、もうどうにもできない。そもそも頭の中ですら、文字が浮かばなくなりフェードアウトしていた。




 ――フロスト……またしても私は、足手纏あしでまといになってしまった。




 回らない頭で、なんとか謝罪をした。伝わらないが、言っておかなければ気が済まない。


 

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