第32話 次の目的地

 コンパスが再度ゆっくりと動き出す。指針針ししんばりが、揺らめく度にドーム型ガラスに当たるのか音を立てる。


 赤の矢印が、ぴたりと止まった。次に向かうべき場所を示した。




 前回同様に、ここで本を取り出して確認する。恐らく、また新たなページが増えているのだろう。次の妖精について、詳しく書かれているのではないか。そんな期待を込めて開く。




 日焼けをした長く大切にしていた本を捲ってみた。ふわりと懐かしい香りがした気がする。




「次は……あった!」



 水に浮かぶ蓮の葉の上に座って、蓮の花を両手いっぱいにしているイラストだ。

 こちらも今まで同様に、モノクロームで描かれているので色は私の想像で補填をする。



 今までの妖精たちよりも大きな羽を広げている。上下にひとつずつ羽がついていた。その形はジィランとフィルと変わらない。

 大きな羽は、上空を軽々と飛び上がれそうだ。



 細めの指が、蓮の花に触れている。

 今までの妖精もファンタジーさに溢れるイラストだった。今回も同様にそれを彷彿させる。



 瞳を閉じて口を開けている様は、なにか歌でも歌っているのだろうか。

 


 そんなことを思い浮かべるイラストに、ワクワクが止まらない。




「これは、水の妖精か」

「水のようせ……微かに聞こえる水の音!」



 "水の妖精"が私の中で何かと結びつく。ここに来てからずっと気になっていた、水の音だ。

 目を閉じてみてもどこから聞こえるかは、わからない。それでも、遠くで水が流れている音が聞こえていた。




 点と点が繋がる感じがして、目を思わず輝かせてしまった。その私の目とぶつかるフロストには、聞こえていないのか理解ができなさそうな表情をしている。



 私は、人差し指を唇に持ってきて耳を立てる。やはり、川が流れるような音がする。

 目を開いて「ほら!」と表情で訴えてみた。



 首を傾げられ、音は自分に聞こえてこない。なんなら、私の聞き間違えなのではと言いたげな顔をしている。




 ――これは、私の幻聴なだけ?



「聞こえない?」

「何も音はしない」



 しかし、音がしようがしまいがコンパスが示す方へ行けばいいだけだ。それにそこへ行けば、私の聞こえていたものの答えも見えてくる気がする。


 赤の矢印が刺さるように指し示す先を、私とフロストは目線で追ってみる。




 その先には、特にこれと言って変わったものはなさそうだ。兎にも角にも行ってみるしかない。



 

 これで、3人目の妖精になる。順調過ぎる進みに、むしろ不安にさえなってくる。

 水の流れる音が聞こえる私と、聞こえないフロスト。これは、何か意味があるのかもしれない。そう思えて仕方がない。





 フロストは、私の胸元にフィルのブローチを取り付けた。梅の花のイラストが、柔らかな雰囲気を醸し出している。




「花の妖精には、傷の癒し効果もある」




 それは、私を案じてのことだろう。ジィランの時に怪我をしたことを、今でも気にかけているようだ。

 もちろんもう痛みもなければ、傷跡も無くなっていた。




 気にしなくても大丈夫、そう言ったところで彼の気持ちが変わることはないだろう。




「ありがとう」



 光を放ち、存在感をアピールをするフィル。言葉を発しなくとも、その凛とした雰囲気は肌で感じられる。

 可愛らしい見た目ながら、中身は意外にも合理的。最も、そうして身を守るのが一番だったからな気もしなくはない。



 それでもフィルは、うまく花の妖精として生き抜いてきたんだ。




 だからこそ今、私の胸元でも凛々しいオーラを放つことができるのだろう。



「どうやったら、フィルの力を借りられる?」

『借りられる? 使えると思ったら大間違いなのよ』

「え?」

『私の主は、あなたじゃないわ』




 少し上からな物いいだが、鼻につく感じはしない。それは、彼女の自信に満ちてる言い切り方がそうさせていた。




「なるほど……」




 ――じゃぁ、ここにいる意味は無いんじゃない?



 フロストが、私につけた意味を思い返す。傷の癒し効果を望んでのことだった。



「でも、主であるフロストは"傷の癒し効果"をって」

それキズの時だけは、助けてあげる』



 私はそれ以上、彼女に何も言わないでおく。傷を作るのは、自分自身も嫌だ。それ以上に、彼のあの表情をもう一度見るなんてもっと嫌だった。



 だから、フィルのその力を使わないというのが何よりだ。そのためにも、私は自分の身を守ることに徹しよう。



 万が一の保険は、フィルのおかげで出来たわけだ。私は、私のことをするまでだ。




 ――『魔王さま』であり続けるために!

 

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